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その時々の花
2021 / 01 / 14 ( Thu )
いまだかつてない新しい年のスタート。
…ということは、いまだかつてない素晴らしい発見がある…かも⁈

最近しみじみ、
「その時、その瞬間の、その人だからこそ、
最高のクオリティで出来ることがある!」
と強く思う。

世の中の人たちの多くは、
実は、自分が思っている以上に、
「今の自分が最高に上手くできること」
と向き合っている。

「大したことはしていない。ただ日々を暮らしているだけ」
と謙遜する人も、大きな天の目から見たら、
ものすごく素晴らしい仕事の一端を担っている
…ということが多々あるものだ。

たとえば、私は若い頃、
「知識や経験が豊富になったら、きっと、
もっともっと素晴らしい仕事ができるに違いない!」
と思っていた。

でも、実際に、いろいろなことを知って、経験を積んだ今、
かえって出来なくなったことがある。

共感力、行動力、熱意、人への伴走力…などだ。
この力は、昔の自分には絶対に叶わない。
なぜかというと…。

たとえば、カウンセリングを希望する人の中には、
「本当に、何としても変わりたいのに、変われない!」
という人がいる。

本人も、強い熱意と必死の思いをもち、
自分なりにしっかり努力をしているのに、
なかなか変われない…というのだ。

実は、そういう人たちの心の深い部分には、、
「変わりたくない。今、変わる時期じゃない!」
という深く強い思いが隠れている。

しかも、困ったことに、その「隠れた想い」に、
「絶対に気づきたくない!」
という鉄壁のシールドまでかかっている

こういう場合には、どんなにアドバイスをしても、
絶対に変わることも、変えることもできない。
それどころか、下手にアドバイスをすると、
相手が、アドバイスの意味を曲げて理解してしまい、
ますます「変われない力」を強めてしまうことにもなりかねない。

こうした人たちに一番必要なのは、
「深い共感をもった伴走。共に試行錯誤すること」だ。

「こんなにがんばっているのに、
 なんで上手くいかないんだろうね~。辛いよね~。
 でも、よくやってるよね。それだけでもすごいよ。
 今度は、こんな方法を試してみる?」
というような言葉や、サポート。

でも、そうした言葉やサポートは、支える側に、
「もしかしたら、新しい道が見つかるかもしれない。
 別の可能性があるかもしれない。
 あきらめちゃダメだ!」
というチャレンジ精神や探求精神があってこそ、
リアルに相手の心に響く力を持つことになる。

ところがこうした時に、知識や経験が必要以上にあると、
「今は、『試行錯誤することそのもの』が必要な時期なんだわ。
 こういう時は、変わろうと思っても変われないんだよね。
 時がこないと動かないものは、絶対動かない…ってことがあるのよ。
 変わるには、何かの縁とか、出会いとか、時期とか、
 自分の力ではどうにもならないファクターが必要なこともあるんだな~」
と思ってしまうため、
「変わらないものを変えよう」
という気が全く起こらない。

そうなると、「変わるための試行錯誤」にあまり共感できず、
言葉や伴走にパワーが伴わない…ということになる。

最近の自分の仕事ぶりを客観視しながら、
「以前のような質の高い伴走はできない…と気づきながら、
 仕事を続けるのは、自分にも相手にも不親切だ」
と痛感するようになってきた。

なので、共感と伴走を必要とするような人々のサポートは、
その能力に長けた若い人たちに委ね、
私は、今の自分の心が動く方向へ、さらに、
徐々にシフトチェンジしていこうと思っている。

ただ、以前からのひまわりメイトさんなどの中には、
「何かあったら、「ひまわり」に駆け込める、
 と思うだけで、日々安心して暮らせる」
という人もいる。
だから、安心のための門戸は開いておくけれど…。

ゆくゆくは、マンガや小説の中にあるような、
「普通にしていると、なかなか見つけられないけれど、
 必要な人には、天から導かれるように、
 必ず自然に扉の前に導かれ、たどり着ける」
というような「ひまわりの部屋」になったらいいな。



14 : 49 : 49 | 未分類 | page top↑
よいお年を…
2020 / 12 / 20 ( Sun )
あれよあれよという間に、もう年の瀬。
何事も、大きく変わる時には苦しみや痛みが伴うものだけど、
今年は多くの人たちが大きな変化を迫られた年だったに違いない。

中には、
「そこまでがんばってなかったし、大変じゃなかったよ」
という人もいるかもしれないけれど…。
一年、自分と自分の身の回りのあれこれに向き合うだけでも、
すごく立派で、素晴らしいこと。

みなさん一年お疲れさまでした!
本当によくがんばりました!
この一年を過ごし切っただけで、花丸!

この大きな揺れを越えた後に、よりよい世界ができ、
変化した人たちがたくさんの幸せを掴めますように…。

よいお年を…。



09 : 59 : 25 | 未分類 | page top↑
マイ スタイル
2020 / 11 / 10 ( Tue )
断捨離の手引きなどで、
「3年着なかった服はもう着ない→捨てるべき」
とよく言われる。

でも私の場合、数年後、十数年後に、
「久しぶりにあの服が着たい」
と、マイブームが戻ってくることが多々ある。
だから、気に入っている服は今着ないからといって、
なかなか捨てられない。

今年は、そんな「タンスの肥やし」化していた服が大活躍!

最近の普段着は、思い立った時にストレッチをしたり、
犬の散歩をしたりするときに便利なように
もっぱらスカーチョを愛用しているけれど…。

コロナ禍で、人混みに出かける時には、
専用の外出服を着ることにしたので、
「大好きだけど、普段着には不便」な
おしゃれ目系のスカートやジャンバースカートなどを大活用。

ちょっと気が重かった人混みへの外出も、
おしゃれ服で出かけると、ちょっぴり心もうきうき♪

「ああ、お気に入りの服って、着てるだけでとっても幸せ~」とか、
「何年も着なくても、好きな服は残しておいて大正解!
 断捨離にしろ、何にしろ、人の勧めには耳を傾けつつも、
 自分なりのスタイルにアレンジして活用することが大事ね~」とか、
ささやかな発見があって楽しかった。

また、お気に入りの古い服をどんどんリメイクして、
今風の服を作るのも楽しかった。

今年は、イレギュラーなことがたくさんあったおかげで、
「今までのパターン」を自然に変えることができてよかったな~。

話は変わって…。
最近の「鬼滅ブーム」を一応チェックしてみた。
(映画は見ていないけど、TV放送で)
ドハマりはしなかったものの、確かにそれなりに面白かった。
推しは誰かと聞かれたら、「雀のチュン太郎」って答えるかな…。

ただ、「鬼滅」もいいけど、映画なら、
「名探偵コナン」の「赤いファミリー」の公開の方が待ち遠しい。
なんたって、灰原哀ちゃん推しだから…。



09 : 21 : 39 | 未分類 | page top↑
すごいぞコンビニ
2020 / 10 / 08 ( Thu )
最近の日々の最高のお楽しみは、週替わりのコンビニスイーツ。

近頃は、そんじょそこらの有名店のスイーツより、
コンビニスイーツの方が安くて断然美味しい!…ということも多々。

デパートの地方物産展などで、
「わあ! これ、テレビで紹介されてて、
 有名人がメッチャ美味しそうに食べてたやつだ~!
高いけど、こんな時しか食べられないから、買っちゃおう!」
と購入したはいいけど、
「値段の割にガッカリ…。コンビニスイーツの方が美味しい…。
 グルメ番組の「メッチャおいしい!」は当てにならない…」
とガッカリさせられたことは数知れず…。

きっとコンビニの開発メーカーの人たちが、
各地の美味しいものを食べまくって研究し、
一番おいしいものを参考に作っているに違いないと確信する。

そのたゆまぬ努力のおかげで、私たちは、
安価で手軽に身近でこんな美味しいスイーツを食べられているのだと、
日々、感謝、感謝、感謝!
つくづくいい時代に生きていると感じる。

ただ、コンビニスイーツで注意したいのは、
メーカーによっては、かなりハズレが多いこと。
特に、大手メーカーのスイーツはハズレが多い。
なので「どこで作られた製品か?」のチェックは、購入時の重要ミッション。

近場の良心的な工場(?)で作っているスイーツは、ほぼハズレがない。

関東近郊では、セブンなら「Wや」「Sフォーレ」、
ファミマは「Dランド」「Yザワ」、
ローソンは「Cフーズ」、全国展開のメーカーでは、「Mテール」

フルーツサンドなどは中身のフルーツの大きさはともかく、
全体的な味のバランス、パンのしっとりふわふわ加減では、
有名フルーツ店の高い品より、断然安くておいしい!

本当に、コンビニさん、近くにたくさんあってくれてありがとう!!
なにより、コンビニでスイーツが買えるくらいの
ゆたかな暮らしができて、ありがとう!

思えば、学生の頃は、メッチャボンビーで、
スイーツなんて買う余裕すらなかった。
一か月に一度、生活費に余裕ができた時だけ、
170円のフランスパンを買うことが、ささやかなプチ贅沢だった。

それでも、あの時食べていたフランスパンは、
感動的に美味しかった記憶が残っている。
それはそれで、その時にしか味わえない最高の幸せだったのだなあと
今になってみると思う。

幼少期に、道端で摘んだレンゲの花の蜜や、ノビルの味噌汁、
ヨモギ団子なども、あの時にしか味わえない最高の美味しさだった。

その時、その環境、その状況でしか味わえない幸せってある。
そういう幸せをしっかり味わい尽くしたいなと思う。


11 : 51 : 26 | 未分類 | page top↑
植物的生活
2020 / 09 / 06 ( Sun )
最近、以前の自分の生活を振り返る機会があった。

「動から静の生活へ、大きく変化して生きてきたんだなあ」
と改めて感じた。

以前は、「目標に向けてまっしぐら」という生活で、
目標が達成されたか否かで、一喜一憂していた。

でも、途中でギアチェンジしてからは、何が起こっても、
「起きることは、すべて起きる必要があって起こる。
 人生に必要か、最善のこと。
 起こることは起こるまま受け入れ、
その時、最善と感じた選択、行動をして、流れのまま過ごそう!」
と思うことにした。

たとえ、そうは思えない時でも、
「呪文のように言い続ければ、いつかそう思える時が来るかもしれない」
と、言い続ける覚悟を決めた…といった方が正確かもしれない。

それ以降の暮らしは、めっちゃ気楽!
何がラクって、過去や未来が全く気にならなくなり、
行動するときにも、あまり深く考え込み過ぎたり、
必要以上に反省や後悔したりすることが少なくなったから。

また、理想や希望の未来像を手放すことで、
「幸せの値踏み」をすることもなくなった。

すると、毎日の生活は、
「ほぼ同じことの繰り返しの中で、呼吸して、そこにいる」
という刺激のないものに変わっていった。

ただ、その代わりに、
ごくごく平凡でささやかで、特別なことなどない一日が、
とても充実していて、楽しく、豊かに感じられるようになった。

子供の頃、「片足ダチョウのエルフ」という絵本を読んで、
「将来はエルフのように、「最後に木になってそこにいる生活」
 って、かっこいいなあ!」
と思っていたけれど…。
今がその「あこがれ」に近い生活かも…とも思う。

若い人やエネルギッシュで変化や変革を求め、
希望と期待に満ち溢れている人たちにはお勧めしないけれど…。

ある程度、人生を体験してきた人には、こういう
「植物がそこに存在しているだけ」的な生き方って、
気楽でいいかもね~。



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