天の仕事
2016 / 12 / 31 ( Sat )
最近、「ひまわり」に来られた何人かの方とお話ししていて、
「本人も気づかないうちに、素晴らしい「天のお仕事」をしている人って
たくさんいるんだなあ…!」
と思わせられることがとても多かった。

「職場で普段通りに仕事をする中で、知らず知らずのうちに
カウンセラーのような役割をして、周りの人の心をほぐしている人」
「出会ったいろいろな人たちの「本人も気づいていないような素晴らしいところ」を見つけ、
感心感動し、褒める人」
「ありがとうという「光る言葉の石」をあちこちに置くことを日々の営みにしている人」
「ドジったり、とぼけたことを言ったり、突拍子もないことをしたりして、
周りを笑わせ、和ませる人」
…などなど。

どれも、お金になるような仕事ではないし、
世間的には「仕事」と認められるようなことではないけれど…。
もし、天に神様がいたとしたら、
「こんな仕事をしてくれる人を、ここやあそこに配置したいな」
と思うような気がする。
こういう人たちは、実は神様から「天の仕事」を任されているのかもしれない。

世間一般の人たちは、目に見える「大活躍」をした人を称賛しがちだけれど、
世の中の片隅でさりげなーく「天の仕事」をしている人ってステキだなーと思う。

来年は、「おっ! こんな天の仕事人がいるのか!」をたくさん発見したい。

ところで、先日、「ひまわり」の窓辺で看板犬をしていたゆめちゃんを相手に、
「こんなことがあってさー」
と呟いている人がいた。

もしかして、ゆめちゃん、私よりカウンセリングのお仕事をしてる?!
しかも、自然体で!
これも「天の仕事」かも…?!
来年はゆめちゃんに給料を支払わなきゃいけないかしらん…?!

皆さま、今年も一年お疲れ様でした。
来年もよい年となられますように…。



≪柴犬ゆめ菜日記≫

朝ご飯の時、にこにこ笑顔で純子姉を見つめていたら、
突然、お口の中に「バター」なるものを一カケ放り込んでくれた♪

こ、これはなに…っ!!
まるで淡雪のようにスッと溶けて、なくなってしまったわ…!
甘くてまろやかで上品な口どけ…。
あとから口の中いっぱいに広がるミルキーな味わい…
大好物のチーズとも全く違う風味!
世の中にこんなおいしいものがあったなんて~~~!!!

もっちろん、翌日から、毎朝バターを要求よ!!

姉の隣りに座り、キラキラ瞳でかわいく要求♪
…二度目のバターは…ないのかしら? (^o^)

でも、姉ったら、バターのことなんて、まるでなかったように完全スルー。
純「ゆめちゃんの瞳があまりにもかわいかったから、
調子に乗ってあげてしまったとはとてもいえない…」

バター、もう一回食べたーーーーい♪

ダメ…?
…ならば、姉の肘に首をのせて、腕ロック! くだされっ♪

でも…だめなの?
じゃあ、悲しげに鳴いてみせるわ! くぅ…ん…、くれないのぉ…ん、くんくん。

…ダメ?
じゃあ、お腹を見せて体をくねらせ、マリリン・モンロー風にセクシーに迫ってみるっ。
あ、あぁ~~ん♪ く・だ・さ・れ…♪

えー! これでも、ダメなの~?!
じゃ、吠えてやるっ! ワンワンワワワン!よこせっっ!

それでもくれないのっ!
だったら、こっちも容赦しないわよっ!
こうなったら、キレてやるっ! 暴れてやるっっ!
ベッドをくわえてブンブン、ぶん回してやるっ! 
床をガリガリ掘ってやるっ!!
鏡をバンバンぶっ叩いてやる~~~っっっ!!!

…ったく、ゆめちゃんのハートに「美味しい」の火をつけておいて放置なんて、
姉は放火魔ですか?
システムの再構築を要求します!
ゆめちゃんの朝食にバターを…っ!!

純「それはバター搾取です!!」
 (逃げ恥パロディ版 ゆめ菜日記でした~)
18 : 40 : 11 | ひとりごと | page top↑
川の流れのように…
2016 / 12 / 07 ( Wed )
「がんばって変わろうとしているけど、なかなか変われない」
という悩みを抱える人は少なくない。

そんな相談を受けた時、こんな風に話すことがある。
「案外、『絶対に変わらないでいよう!』と強く決意していても、
月日の流れの中で周りが変わったために、必然的に変わらざるを得なくなることも多いもの…。
だから、変えられないことはとりあえずそのままにしておくのもアリかも…。
その代わり、「変わらざるを得なくなったら、流れに合わせて変わることにしよう!」
とだけ決意しておく…っていうのはどうかな?」

ちなみに、私にとっての「絶対変えないもの!」は、超ド定番メニューのレシピだった。
ところが、今年の野菜高騰のお蔭でごくごく自然に、
「こんな時はレシピを変えてもいいか…」
という気分になった。

お蔭で、
「このメニューは、白菜の代わりに青梗菜でも似たような味になるわね。
大根を使うのも案外、美味しくて「アリ」ね♪
…なんだか「日常の大変革を実践中」って感じ♪
平凡な日常でも、「大変革」や「大冒険」を体験できるのねー♪」
と新鮮で楽しい気分になった。

困った時には、流れのままに…が一番ラクチンだわね。



≪柴犬ゆめ菜日記≫

スーパーに新米がたくさん出回り始めましたね。
みなさんはもう新米を食べましたか?

私も先日初めて新米をいただきました♪
めっっっちゃうまかったのなんの…♪
明らかに、この間までのご飯と、全く味が違ったのよ。

食べ終わっても、お口の中にお米の甘―い香りが残っているの♪
だから、ずーーーっと、舌をペロペロ出し続けちゃった♪

もっと食べたくて、食事中の姉の腕に顎をのせて、腕ロックを掛け、
キラキラお目目で見つめながらおねだりしてみたわ♪
ダメだった…。

でも、そんなことでメゲる私じゃないわよ。
グイグイと、姉の膝に乗り上げ、腕の隙間をぬって、
テーブルに顎を掛けておねだりしてみたわ。

それでもダメ…。
ええいっ! かくなる上は、実力行使よっ!!!
くるりと踵をかえして食卓を離れ自分の食器の所へ行き、お皿をガンガン叩いて、
「もっと入れろ~!!おいしかった~!もっとよこせー!!」
と断固要求!

…にもかかわらず、姉ったら、
「昭和の子どもが茶碗を箸で叩いて、「おかわり♪おかわり♪」と騒ぐ姿のようね…」
って、へらへら笑いながら、自分ばっかりいっぱい新米食べてるのよ!!
超ムカつき~~!

普段、姉は、
「いまだかつて、ゆめちゃん以上に、私の料理をこんなにも褒めてくれた存在はいなかったわー。
なんだかめっちゃ料理上手になった気分…。
なんて作りがいがあるのかしら♪
家事やっててよかったー! しあわせ…♪」
とか言ってるくせに…。

だったら、幸せをたくさん分け与えている喜び上手のゆめちゃんに、
一番たくさん手料理を食べさせろよー!!

特に、炊き込みご飯、おこわ、さつまいも、かぼちゃ、スイーツは大大大歓迎なんだからねー!!
土鍋いっぱいのご飯をぜーーーんぶゆめちゃんに下され~~~♪
よこせ、よこせ~~~!

純 「そんなことしたらおデブになっちゃうよ。食事制限するのも「愛」なんだよ」
ゆめ「そんな愛、いらなーい!
   …ところで、昨日の新米は前回ほどおいしくなかったよ!
   水加減が悪かったんじゃない?
   私は『ちょっと柔らかめで、むっちりねっとり』の炊き方が好きなんだから…。
   そこんとこ、よろしくね!」
純 「ほんっっと、味に厳しいわね…(苦笑)」

19 : 53 : 52 | 心とからだ | page top↑
発想力と発展
2016 / 11 / 07 ( Mon )
先日、バーチャルリアリティを使った新しいゲームを紹介する番組を見た。
すごいことを考えて、実現する人がいるんだなーと感心!

他にも、「石で紙を作る」とか「クモの糸で新素材の繊維を作る」とか
「コンピューターが自分自身で考えるプログラムを創る」とか…。
最近、人間の発想力の凄さを感じさせられる機会が多い。

戦争が減り、人々がやりたいことに専念でき、科学が進んだ今の時代だからこそ、
実現できていることも多いに違いない。
さらに、よくよく考えてみると、数十年の間にこれだけ技術革新が進み、
生活様式がどんどん変わっている時代は、今までの歴史の中にはない。
こういう時代に生を受け、移り変わりゆく生活をリアルに実体感できるだけでも、
かなり面白いことかも…と思う。

ただ、普段、普通に生活している時には
「今、私はすごい時代をリアルに生きている」という実感はない。
でも、古き良き昭和の時代を生きていた時も、
「人から羨ましがられるような時代を生きている」という実感はなかったけれど、
映画「三丁目の夕日」のヒット以来、若者たちから「あの時代に生きてみたかった」といわれている。
同じ様に、何百年か経った未来の人が今の時代を見たら、
「この時代に生きてみたかったな。この時代を生きた人が羨ましいな」
と思うのかも…。


≪柴犬ゆめな日記≫

ちょっと前まで、夏だったのに、一気に寒くなって、
秋を通り越して冬が来た感じですね。
でも、冬って幸せな季節♪
なぜって、コ・タ・ツがあるから♪♪

コタツが出たら、私はもう、中に潜って出てきませんよー。
だって、あったかくて暗くて安心するんだもーん。

「ゆめちゃんは、犬じゃなくネコじゃない?」
と言われようが、なにしようが気にしないわよ。
犬は寒くても外で走り回るって、誰が決めたの?!
誰が何と言おうと、私はコタツランドのお姫さまなんだから、
冬はコタツがゆめちゃんのお家なんですっ!
断固、寒いケージには戻りませんっ!!


こたつ大好き♪

純「ゆめちゃんをケージに入れるのに苦労する季節の到来ね…。苦笑」

18 : 34 : 24 | ひとりごと | page top↑
豊かな時代
2016 / 10 / 06 ( Thu )
先日、グルメ番組で、
「どこそこのOOがめちゃくちゃおいしい♪」
と聞いて、
「いったいどんなに素晴らしい味なのかしら…♪」
とワクワクしながら食べに行った。

確かに、とても真摯で正直に作っている感じのとても美味しい料理だった。
ただ、想像の範囲内の美味しさ…でもあった。
でも、そのお蔭で、
「意外と、私の手料理も専門店の味に負けてないわ♪」
とホクホク気分になったのは、思わぬ大収穫。

それとは逆に、
「冷凍食品やチルド食品など、出来あいの料理の味はたかが知れている」
と思い込んでいたけれど…。
評判の高い品を食べてみたら、
「確かにこれは、きれいな器に盛って店で出されたら、
シェフの手作りと信じ込んでしまうかも…」
と思わされる食品もあった。
たぶん、こうした商品開発の裏には、並々ならぬ企業努力が隠されているに違いない。

今の時代、
「貧乏だから、一流店の料理は死ぬまで味わうことができない」
なーんて、嘆いたり卑屈になったりする必要はないのだ!
近くのスーパーやコンビニで1コインも払えば、一流店にほぼ近い料理が手に入る。

ついでに、もっともっと美味しい料理を求める人は、
「きっと超高級料理店の味は、想像を絶するおいしさなんだろう…♪」
と頭の中でめくるめく妄想を働かせてみるのがいいかも…。
たぶん、実際の料理より、妄想の料理の方が美味しいに違いない。

でも、妄想が過大なり過ぎて、日常生活が色褪せて感じられてきた時には、
しっかり現実に目を向けて、
「素材のおいしさ以上の味はない。素材を生かして調理すれば、我が家の味も一流店の味になる♪」
と思えば、いつも最高にハッピーで美味しい至高の料理が味わえるに違いない(^^)V

ただ、ちょっぴり寂しいのは、一流店にかなり近い料理が
手軽に一般庶民でも食べられるようになった今、
お金や物がなかった若い頃のように、外食をして、
「こんなすごい味、出会ったことがない!!」
という感動を味わえる機会が減ったこと…。

それでもやっぱり、安心して平和に、一流の味を手軽な値段で、家庭で味わえるなんて、
本当にいい時代に生きているんだなーと、しみじみ思う。
10 : 31 : 40 | ひとりごと | page top↑
光を見つめる
2016 / 09 / 06 ( Tue )
雑草と呼ばれている植物は、種を蒔かなくても、土のあるところはもとより、
アスファルトの隙間ですら根をはり、グングン育つ。
害虫にも負けずに、どんどん勢力を伸ばして成長する。

でも、温室の植物は、少し温度や水の量が変わったり、病気や虫が発生したりすると、
すぐにダメになってしまう。
以前成功した方法で育てても、土壌や天候や災害、はたまたその年の苗の性質など、
ほんのちょっとした条件の違いで育たなくなってしまうらしい。

専門家が全身全霊を掛けて育てても、植物ですらうまく育たないことがある。
ならば、人を育てることはなおさら…だろう。
子供の性質や親の性質、親との相性、生育環境…などはもちろん、
他にも、どんな学校に通うか、どんな先生や友人に出会うか、
どんな職場でどんな仲間に出会うか、どんな人生体験に出会うか…。

「もしあの時、あのことがなければ、自分の人生は変わっていたに違いない」
という経験をした人は少なくないだろう。

私もそうだ。
「あの時、一歩間違ったら、荒んだ人生を歩いていたかも…」
と思う岐路はたくさんあった。
ただ幸いなことに、私の周りには、大変な時に「何気ない形で助けてくれる人」がたくさんいた。
そうした人たちは、「批判」や「叱責」をせず、心に寄り添い、認め、支え、光をあててくれた。
それをきっかけに、自分自身もたまたま「方向転換を決意できた」から、
今の人生を送っているのだと思う。

高畑親子の報道を見ていて、
「この事件の根っこは、今、たくさんの親子が抱えている問題と同じ。『
親の育て方が悪い』のではなく、むしろ、
『一生懸命過ぎるくらい子育てに手を掛けてきた熱心な家』に起こりがちな問題だ」
と感じた。

教育熱心な親であればあるほど、
「どうやって、どこまで愛情を掛ければいいか」
「どこまで厳しくすればいいか」
「どこまで自立を促し、どこをサポートすればいいか」
「どうやって、自分と相手を信じていけばいいか」
というバランスのとり方に日々悩み、迷走する。

その結果、たまたまうまくいかないと、親子共に自信を失ってしまう。
さらにそんな時に、批判や叱責の言葉を浴びせられ、追い詰められると、
心はボロボロに傷つき、ますます自信を失ってしまう。

自信を無くしたり、傷ついたりすると、人は問題を起こしがちになる。
「ますます必死にがんばりすぎて、かえって周りとの摩擦が増える」
「認められようと、過剰な行動を起こしがちになる」
「ストレスが溜まって、爆発しやすくなる」
「自分がされたことと同じ事を(時に、パワーアップさせた形で)、他人にする」…。

「人を傷つけてしまう人」というのは、実は「人から傷つけられてきた人」なのだ。

だから、問題を起こした人を「批判、叱責」し、「強制的に従わせる」ことだけで
問題を解決しようとするのは、根本的な解決にならない。
むしろ、「批判や責めの言葉」が、知らず知らず「言葉の暴力」となって、
窮地に立たされた人をさらに追い詰めて、さらなる不幸を招きかねない。
言葉の暴力は、身体的な暴力と同様、人を深く傷つける。

ただ、もしかすると、「批判、叱責する人たち」もまた、ずっと「批判、叱責されてきた人」で、
それ以外の解決方法が見つけられないのかもしれない。
そして、失敗した人たちを批判し、責めることで、「起った問題」を自分と切り離し、
「自分は、あの人たちとは違う! あんな風には絶対ならない!」
と思い込むことで、自分自身を守ろうとしているのかもしれない。

誰かを傷つけると、相手に一生消えることのない傷を負わせてしまうことがある。
それだけでなく、関わりのあるたくさんの人の心にも傷を残してしまう。
さらに、「傷つき、傷つける」という負の連鎖が続いてしまうと、数え切れないほど
たくさんの人が不幸になる…。
そして、なによりも、自分自身の「心と体と魂」が深く深く傷つくことになる。
だれも、幸せにならない。
だからこそ、「人を傷つけてはいけない」のだ。

失敗をした時、大きく道を誤った時、その後に「より佳き道、佳き方向性」を
探し出すことはとても難しい。
でも、闇に出会った後、「闇だけを見つめ続けていくのか、
光に焦点を当てる努力を続けるのか」で、その後の人生は大きく変わってくる。
大きな闇に出会った人は、必ず、それを包んであまりある大きな光を宿すことができる力も
持ち合わせている。

「批判」は闇を強め、「理解」と「信頼」は光を大きくする。
すべての人々が幸せに向かうためには、難しい道ではあるけれど、
「批判や責めの言葉」は少し横に置いて、「新しい佳き道筋に光をあてられる言葉」を
探していきたい。

高畑親子がこの先、この問題を乗り越えて、同じ様な問題を抱える人々の心に
光をさす存在となり、たくさんの犯罪を未然に防ぐことに貢献できたなら、
それは何よりの「贖罪」になると、私は信じたい。



≪柴犬ゆめ菜日記≫

最近、純子姉はスーパーなどで怪しい行動をしている。

…なんと!
周囲の様子をこそこそ伺いながら、こっそりダストボックスを物色しているのだ!
まるで、コンビニの期限切れ弁当や資源ごみを物色しているおじさんのよう…。

なんで、そんなことしてるかっていうと…。
ジャーン♪

それは、私のために、ガチャポンの空カプセルをゲットしているのでーす♪

ガチャのカプセルって、メッチャ楽しいのよー♪
かじりやすいし、不規則な動きで跳ねるし、なにより、
かじり方によってパカッとカプセルが開く瞬間がゾクゾクして、たまらなく楽しいのよねー!

「やったー!! 開いた―。バラバラに分解できた~! 
分解できたから、ゆめちゃんの勝ち~♪」
って、狂喜乱舞して遊んでます♪

ふふふっ♪
純子姉の目には、そんな風に遊んでいる私が、キラキラうきうき輝いて映って、
「かわいい~♪」
って思ってるに違いないわー。

だから、ついつい「恥ずかしい」っていいながら、
懲りずにガチャポンのカプセル回収箱を漁ってるのね。
ああ、私って罪作りな女~。
可愛いって、罪な性質ねー。

しかし、医者のくせに、ガチャポンのカプセルを漁る人って、なかなかいないわよね~。
…っていうか、人間、おばさんになるとズーズーしくなるっていうか、
恥も外聞もなくなるっていうか、逞しくなるっていうか…。
わが姉ながら、よくやるわー。

ケチケチせず、カプセルトイくらい買えばいいのに…。
でもまあ、お蔭で楽しませてもらってるんだから、文句は言えないわね…。
純子姉、今後もポケモンならぬカプセルゲット、よろしくね!

純 「もうちょっと優しく遊んで下され! 2日に1コのペースでカプセル壊して
バラバラボロボロにするのは誰よ!
空カプセルゲットのために、カプセルトイを買ってたら、いらないトイばかり増えちゃうじゃない!
だから、恥ずかしさを忍んで、回収箱を漁ってるんでしょうがっ!! 
親の心、子知らずなんだからっ!」 

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

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