ありのままの…?
2017 / 02 / 02 ( Thu )
新しい年が始まってはや1カ月。
月日が過ぎるのは早い…!!

最近、
「今まで見ていたものも、年を重ねてくると違った感じ方をするものだなあ」
と思うことが多くなってきた。

たとえば、ディズニー映画のセリフじゃないけど、
「ありのままを受け入れる」
という言葉。
これは私にとって、昔からずっと向き合い続けてきた言葉(課題?)でもある。

昔はシャカリキに、
「全てはありのままでいいんだから、
ともかく、ありのままにすべてを受け入れられるようにならなくちゃ!」
と必死になり、あらゆる「悲惨で絶望的ですごく嫌な状況」について、
「こんなことが起った場合でも受け入れられるようになるには、どうすればいいんだろうか」
と考え続けていた。

お蔭で、いろいろな考え方や生き方や視点が広がり、
「ああ、こういう風に考えれば、受け入れられなくもないかあ…」
と思えることも増えた。
でもその一方で、心のどこかに、
「まだまだ、すべてをありのままに受け入れられるような度量の広い人間にはなれてないなー」
と思うことも少なくなかった。

でも、今になって、そんな昔の自分をふと振り返ってみると、
「ああ、あの必死にもがいていた矛盾を抱えたままの自分でよかったのねぇ…」
としみじみ懐かしく思う。

「ありのままを受け入れたいと思っている。でも、そうできない自分もいる」
だからこそ、いろいろな発見を求めて、いろいろな体験ができた。

人って、もしかすると、
「こうなりたいと思う自分。そうなれない自分」
のギャップが大きいほど、
「理想の私と現実の私はこんなにも違う!!」
ともがいたり、あがいたりするエネルギーが強くなるのかもしれない。
すると、その強い想いのエネルギーが大きな原動力となって、何かにチャレンジし、
たくさんの体験ができる。
それって、とっても素晴らしい人生経験だ。

それでも、どうにもこうにも、
「できないこと。うまくいかないこと。受け入れられないこと」
が気になり、とても辛くなってしまった時には、
「とりあえずそのままにしておく」
のはどうだろう…?
どうにも変えられないことの中には、神様の目から見たら、もしかすると「変わらな
いことに大切な意味や必要性がある」のかも…?

それに、「こうありたい」という理想は、心に持っているだけでも十分実現力がある。
だから、無理に変わろうとしなくても、心の片隅に「こうありたい姿」さえもっていれば、
年月と共にそれに近づいて行く。
ついでにいうと、必死で変わろうとするよりも、
「あ、それっていいかも! 気づいた時だけ、それをやってみようっと…」
という感じで、なんとなーく理想の自分っぽい行動を気が向いた時にする方が、
無駄な力みがない分、結果的に早く目標に近づくことも多いものだ。

でも、それよりなにより、人生ってその時々に心や身体が動くことや、
あまり動かないことと、向き合い、日々を過ごし、
ただ体験するだけで十分生きている意味や価値はあるものだ。
そう考えると、実は全ての人はみんな、もうすでに今、「ありのまま」に生きているのかも…?



≪柴犬ゆめ菜日記≫

今年もまた、夢のように幸せな3日間(「正月」というらしい)が通り過ぎていった…。
栗きんとん、かまぼこ、伊達巻、黒豆、カツオ節…。
そして、カフェでケーキ…♪
どれもおいしかったなあ…!!

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でも、幸せな日々を一度経験してしまうと、
なんだか日常が「がっかり」なものに感じちゃう…。

いつものご飯がなんだか美味しくない…。
特に最近、トッピングの煮干が「お徳用」に変わってから、
めちゃテンション下げ下げ…!

どこかの皆さまからは「お墨付き」をいただいている煮干なのかもしれないけど、
ゆめちゃんは納得しませんよ!!
だって、硬くて、味がイマイチなんだもん!
超お高い煮干を買ってくれとは言わないけれど、
たかだか20円違いなら、ケチケチしないでいつもの「OOさんの煮干」を買って下され!!

いつも「食は人生の基本。今日食べたものが今の自分の身体を創る」って、
言ってるでしょ!
ならば、ゆめちゃんが日々、楽しく喜んでご飯を食べられるようにして下され~~!

それから、また、カフェへお茶しに行こうよー。
あれから時々、朝、カフェの前を通るけど、一回もケーキが出てこないんだよ…。
カフェにはお食事している人も時々いるのに、
店員さんはどうしてゆめちゃんにはケーキを持ってきてくれないの?!
長~くお座りして、上手に「マテ」をしたら、持ってきてくれるのかな?

カフェでケーキ食べたーい!!!
ケーキが出てくるまで、散歩でカフェの前を通って、座り込みしてやる―!

幸せは、断固、自分の手でゲットよ!
あの手、この手で、幸せを勝ち取るまで、
ゆめちゃんはめげずに今年もとことんがんばりますからねー!

純「駅前に行く度に、カフェで物欲しそうに座り込みされると、超恥ずかしいんですけど…」


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10 : 57 : 32 | 心とからだ | page top↑
天の仕事
2016 / 12 / 31 ( Sat )
最近、「ひまわり」に来られた何人かの方とお話ししていて、
「本人も気づかないうちに、素晴らしい「天のお仕事」をしている人って
たくさんいるんだなあ…!」
と思わせられることがとても多かった。

「職場で普段通りに仕事をする中で、知らず知らずのうちに
カウンセラーのような役割をして、周りの人の心をほぐしている人」
「出会ったいろいろな人たちの「本人も気づいていないような素晴らしいところ」を見つけ、
感心感動し、褒める人」
「ありがとうという「光る言葉の石」をあちこちに置くことを日々の営みにしている人」
「ドジったり、とぼけたことを言ったり、突拍子もないことをしたりして、
周りを笑わせ、和ませる人」
…などなど。

どれも、お金になるような仕事ではないし、
世間的には「仕事」と認められるようなことではないけれど…。
もし、天に神様がいたとしたら、
「こんな仕事をしてくれる人を、ここやあそこに配置したいな」
と思うような気がする。
こういう人たちは、実は神様から「天の仕事」を任されているのかもしれない。

世間一般の人たちは、目に見える「大活躍」をした人を称賛しがちだけれど、
世の中の片隅でさりげなーく「天の仕事」をしている人ってステキだなーと思う。

来年は、「おっ! こんな天の仕事人がいるのか!」をたくさん発見したい。

ところで、先日、「ひまわり」の窓辺で看板犬をしていたゆめちゃんを相手に、
「こんなことがあってさー」
と呟いている人がいた。

もしかして、ゆめちゃん、私よりカウンセリングのお仕事をしてる?!
しかも、自然体で!
これも「天の仕事」かも…?!
来年はゆめちゃんに給料を支払わなきゃいけないかしらん…?!

皆さま、今年も一年お疲れ様でした。
来年もよい年となられますように…。



≪柴犬ゆめ菜日記≫

朝ご飯の時、にこにこ笑顔で純子姉を見つめていたら、
突然、お口の中に「バター」なるものを一カケ放り込んでくれた♪

こ、これはなに…っ!!
まるで淡雪のようにスッと溶けて、なくなってしまったわ…!
甘くてまろやかで上品な口どけ…。
あとから口の中いっぱいに広がるミルキーな味わい…
大好物のチーズとも全く違う風味!
世の中にこんなおいしいものがあったなんて~~~!!!

もっちろん、翌日から、毎朝バターを要求よ!!

姉の隣りに座り、キラキラ瞳でかわいく要求♪
…二度目のバターは…ないのかしら? (^o^)

でも、姉ったら、バターのことなんて、まるでなかったように完全スルー。
純「ゆめちゃんの瞳があまりにもかわいかったから、
調子に乗ってあげてしまったとはとてもいえない…」

バター、もう一回食べたーーーーい♪

ダメ…?
…ならば、姉の肘に首をのせて、腕ロック! くだされっ♪

でも…だめなの?
じゃあ、悲しげに鳴いてみせるわ! くぅ…ん…、くれないのぉ…ん、くんくん。

…ダメ?
じゃあ、お腹を見せて体をくねらせ、マリリン・モンロー風にセクシーに迫ってみるっ。
あ、あぁ~~ん♪ く・だ・さ・れ…♪

えー! これでも、ダメなの~?!
じゃ、吠えてやるっ! ワンワンワワワン!よこせっっ!

それでもくれないのっ!
だったら、こっちも容赦しないわよっ!
こうなったら、キレてやるっ! 暴れてやるっっ!
ベッドをくわえてブンブン、ぶん回してやるっ! 
床をガリガリ掘ってやるっ!!
鏡をバンバンぶっ叩いてやる~~~っっっ!!!

…ったく、ゆめちゃんのハートに「美味しい」の火をつけておいて放置なんて、
姉は放火魔ですか?
システムの再構築を要求します!
ゆめちゃんの朝食にバターを…っ!!

純「それはバター搾取です!!」
 (逃げ恥パロディ版 ゆめ菜日記でした~)
18 : 40 : 11 | ひとりごと | page top↑
川の流れのように…
2016 / 12 / 07 ( Wed )
「がんばって変わろうとしているけど、なかなか変われない」
という悩みを抱える人は少なくない。

そんな相談を受けた時、こんな風に話すことがある。
「案外、『絶対に変わらないでいよう!』と強く決意していても、
月日の流れの中で周りが変わったために、必然的に変わらざるを得なくなることも多いもの…。
だから、変えられないことはとりあえずそのままにしておくのもアリかも…。
その代わり、「変わらざるを得なくなったら、流れに合わせて変わることにしよう!」
とだけ決意しておく…っていうのはどうかな?」

ちなみに、私にとっての「絶対変えないもの!」は、超ド定番メニューのレシピだった。
ところが、今年の野菜高騰のお蔭でごくごく自然に、
「こんな時はレシピを変えてもいいか…」
という気分になった。

お蔭で、
「このメニューは、白菜の代わりに青梗菜でも似たような味になるわね。
大根を使うのも案外、美味しくて「アリ」ね♪
…なんだか「日常の大変革を実践中」って感じ♪
平凡な日常でも、「大変革」や「大冒険」を体験できるのねー♪」
と新鮮で楽しい気分になった。

困った時には、流れのままに…が一番ラクチンだわね。



≪柴犬ゆめ菜日記≫

スーパーに新米がたくさん出回り始めましたね。
みなさんはもう新米を食べましたか?

私も先日初めて新米をいただきました♪
めっっっちゃうまかったのなんの…♪
明らかに、この間までのご飯と、全く味が違ったのよ。

食べ終わっても、お口の中にお米の甘―い香りが残っているの♪
だから、ずーーーっと、舌をペロペロ出し続けちゃった♪

もっと食べたくて、食事中の姉の腕に顎をのせて、腕ロックを掛け、
キラキラお目目で見つめながらおねだりしてみたわ♪
ダメだった…。

でも、そんなことでメゲる私じゃないわよ。
グイグイと、姉の膝に乗り上げ、腕の隙間をぬって、
テーブルに顎を掛けておねだりしてみたわ。

それでもダメ…。
ええいっ! かくなる上は、実力行使よっ!!!
くるりと踵をかえして食卓を離れ自分の食器の所へ行き、お皿をガンガン叩いて、
「もっと入れろ~!!おいしかった~!もっとよこせー!!」
と断固要求!

…にもかかわらず、姉ったら、
「昭和の子どもが茶碗を箸で叩いて、「おかわり♪おかわり♪」と騒ぐ姿のようね…」
って、へらへら笑いながら、自分ばっかりいっぱい新米食べてるのよ!!
超ムカつき~~!

普段、姉は、
「いまだかつて、ゆめちゃん以上に、私の料理をこんなにも褒めてくれた存在はいなかったわー。
なんだかめっちゃ料理上手になった気分…。
なんて作りがいがあるのかしら♪
家事やっててよかったー! しあわせ…♪」
とか言ってるくせに…。

だったら、幸せをたくさん分け与えている喜び上手のゆめちゃんに、
一番たくさん手料理を食べさせろよー!!

特に、炊き込みご飯、おこわ、さつまいも、かぼちゃ、スイーツは大大大歓迎なんだからねー!!
土鍋いっぱいのご飯をぜーーーんぶゆめちゃんに下され~~~♪
よこせ、よこせ~~~!

純 「そんなことしたらおデブになっちゃうよ。食事制限するのも「愛」なんだよ」
ゆめ「そんな愛、いらなーい!
   …ところで、昨日の新米は前回ほどおいしくなかったよ!
   水加減が悪かったんじゃない?
   私は『ちょっと柔らかめで、むっちりねっとり』の炊き方が好きなんだから…。
   そこんとこ、よろしくね!」
純 「ほんっっと、味に厳しいわね…(苦笑)」

19 : 53 : 52 | 心とからだ | page top↑
発想力と発展
2016 / 11 / 07 ( Mon )
先日、バーチャルリアリティを使った新しいゲームを紹介する番組を見た。
すごいことを考えて、実現する人がいるんだなーと感心!

他にも、「石で紙を作る」とか「クモの糸で新素材の繊維を作る」とか
「コンピューターが自分自身で考えるプログラムを創る」とか…。
最近、人間の発想力の凄さを感じさせられる機会が多い。

戦争が減り、人々がやりたいことに専念でき、科学が進んだ今の時代だからこそ、
実現できていることも多いに違いない。
さらに、よくよく考えてみると、数十年の間にこれだけ技術革新が進み、
生活様式がどんどん変わっている時代は、今までの歴史の中にはない。
こういう時代に生を受け、移り変わりゆく生活をリアルに実体感できるだけでも、
かなり面白いことかも…と思う。

ただ、普段、普通に生活している時には
「今、私はすごい時代をリアルに生きている」という実感はない。
でも、古き良き昭和の時代を生きていた時も、
「人から羨ましがられるような時代を生きている」という実感はなかったけれど、
映画「三丁目の夕日」のヒット以来、若者たちから「あの時代に生きてみたかった」といわれている。
同じ様に、何百年か経った未来の人が今の時代を見たら、
「この時代に生きてみたかったな。この時代を生きた人が羨ましいな」
と思うのかも…。


≪柴犬ゆめな日記≫

ちょっと前まで、夏だったのに、一気に寒くなって、
秋を通り越して冬が来た感じですね。
でも、冬って幸せな季節♪
なぜって、コ・タ・ツがあるから♪♪

コタツが出たら、私はもう、中に潜って出てきませんよー。
だって、あったかくて暗くて安心するんだもーん。

「ゆめちゃんは、犬じゃなくネコじゃない?」
と言われようが、なにしようが気にしないわよ。
犬は寒くても外で走り回るって、誰が決めたの?!
誰が何と言おうと、私はコタツランドのお姫さまなんだから、
冬はコタツがゆめちゃんのお家なんですっ!
断固、寒いケージには戻りませんっ!!


こたつ大好き♪

純「ゆめちゃんをケージに入れるのに苦労する季節の到来ね…。苦笑」

18 : 34 : 24 | ひとりごと | page top↑
豊かな時代
2016 / 10 / 06 ( Thu )
先日、グルメ番組で、
「どこそこのOOがめちゃくちゃおいしい♪」
と聞いて、
「いったいどんなに素晴らしい味なのかしら…♪」
とワクワクしながら食べに行った。

確かに、とても真摯で正直に作っている感じのとても美味しい料理だった。
ただ、想像の範囲内の美味しさ…でもあった。
でも、そのお蔭で、
「意外と、私の手料理も専門店の味に負けてないわ♪」
とホクホク気分になったのは、思わぬ大収穫。

それとは逆に、
「冷凍食品やチルド食品など、出来あいの料理の味はたかが知れている」
と思い込んでいたけれど…。
評判の高い品を食べてみたら、
「確かにこれは、きれいな器に盛って店で出されたら、
シェフの手作りと信じ込んでしまうかも…」
と思わされる食品もあった。
たぶん、こうした商品開発の裏には、並々ならぬ企業努力が隠されているに違いない。

今の時代、
「貧乏だから、一流店の料理は死ぬまで味わうことができない」
なーんて、嘆いたり卑屈になったりする必要はないのだ!
近くのスーパーやコンビニで1コインも払えば、一流店にほぼ近い料理が手に入る。

ついでに、もっともっと美味しい料理を求める人は、
「きっと超高級料理店の味は、想像を絶するおいしさなんだろう…♪」
と頭の中でめくるめく妄想を働かせてみるのがいいかも…。
たぶん、実際の料理より、妄想の料理の方が美味しいに違いない。

でも、妄想が過大なり過ぎて、日常生活が色褪せて感じられてきた時には、
しっかり現実に目を向けて、
「素材のおいしさ以上の味はない。素材を生かして調理すれば、我が家の味も一流店の味になる♪」
と思えば、いつも最高にハッピーで美味しい至高の料理が味わえるに違いない(^^)V

ただ、ちょっぴり寂しいのは、一流店にかなり近い料理が
手軽に一般庶民でも食べられるようになった今、
お金や物がなかった若い頃のように、外食をして、
「こんなすごい味、出会ったことがない!!」
という感動を味わえる機会が減ったこと…。

それでもやっぱり、安心して平和に、一流の味を手軽な値段で、家庭で味わえるなんて、
本当にいい時代に生きているんだなーと、しみじみ思う。
10 : 31 : 40 | ひとりごと | page top↑
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