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長期戦
2020 / 03 / 27 ( Fri )
五輪の延期が決まって、心底ホッとした。

このまま五輪が強行されたら、
都内のコロナ感染者数隠しがずっと続いて、
PCR検査も進まず、人々は危機感のないまま、
どんどん感染が広まり、死者が増えるに違いないと、
ずっとヤキモキしていたから…。

それでも、高輪ゲートウェイや原宿新駅舎のオープン、
花見だ、イベントだ…と、コロナ疲れの人々が、
気を緩めて出回っているのを見ると、
「これは相当数の人が罹らないと収束しないなあ…」
と悲しくなる。

コロナに罹ると、多くの人は、軽症で済むとはいえ、
治るまでに相当の時間がかかる。

それを裏付けるのが、発症した数に対して、
完治した人の数がなかなか増えないという点。
発症した人と、治った人の数のグラフのズレを見比べると、
治るのに2~4週間かかると、はっきりわかる。

今までインフルエンザや風邪に罹って、
辛かった時のことを想像してみてほしい。
コロナでは、それが2~4週間続くわけだ。
それって相当辛くて苦しいし、
日常のいろいろなことがリアルにストップする。

さらに、治療法が確立してない今、
自分が罹れば、かなりの確率で、
自分か、自分の身近の人が確実に死んでしまう…。

そういう事態が現実に、自分の身に起こりうる…ということを
今の段階で、想像や推測をするのって、
一般の人にはかなり難しいのかな…。

まあ、一般の人だけでなく、お医者さんですら、
かなり多くの人がちょっと前まで楽観視してて、
「五輪楽しみ~♪」
と気楽に言ってたくらいだったから、
仕方ないかもしれないけれど…。

でも、一般の人はともかく、医者の危機感のなさには、
さすがに呆れた…。

「おいおい! 医療の専門家がその危機意識でいいのか?!
 こんな状況で五輪なんて、あり得ないでしょ!」
と憮然としつつも、
「そんな意識じゃ、院内感染だって起こるわな…」
と納得…。
 
今回のことで、やっぱり、
「悲しいかな、実に多くの人たちは、
 痛みを伴う体験を実際にしてみなければ、
 大変さは理解できないんだなあ…」
と、あらためて再認識させられた。

ちなみに、「ひまわり」ではコロナ対策で、
電話でのご相談のみ対応中。

そして、先日、保健所からも、
「可能な診療はオンラインか、電話に切り替えるように…」
という文書が届いた。

日本も、いよいよ本腰をあげて対策だわね。
長い長い戦いになりそうだわ…。

せめて、この体験がたくさんの人々にとって、
よりよき未来を創る布石になってくれますように…。


12 : 48 : 19 | 未分類 | page top↑
マスク、消毒薬の代用品
2020 / 02 / 28 ( Fri )
新型コロナの影響で、マスクや消毒薬が品薄。
町では、マスクや消毒薬を求めて長蛇の列ができているとか…。

マスク製品はほとんど中国からの輸入に頼っていたのだから、
さもありなん…な状況。

「中国で一日5000万枚、日本でも一週間に1億枚生産」
と聞くと、一見、大量生産に見えるけど…。
中国と日本の人口を考えれば、全員に行き渡らないのは明らか。
当然、医療や福祉の現場に優先配布になるだろう。

かといって、マスクを買うために、何時間もあちこち出歩いたり、
人ごみの中で何時間も並ぶのは、
逆に感染リスクが上がって本末転倒。

「感染が不安で病院に行ったら、逆に感染しちゃった!」
というのと似たようなもの。

だったら、ウィルスを完全にシャットアウト…まではいかなくても、
キッチンペーパーで代用品の手作り使い捨てマスクを作るか、
布のマスクを作って、使うたびに洗濯する方がいいと思う。

ちなみに、手作りマスクは、
わざわざ手芸店や薬局でガーゼ生地を買わなくても、
ハンカチや手ぬぐい、着なくなった綿のシャツや使わないシーツなどを
利用すればいい。
さらに、がっちりウィルスをシャットアウトしたいなら、
布の間にキッチンペーパーを挟めば、簡単にパワーアップ!

特に、これからの暑くなる時期、
麻生地や接触冷感の服をリメイクして作れば、
サラッとして使い心地がいいかも…。

特に、市販のマスクを使い慣れなくて、暑苦しく感じて、
あごに掛けて、鼻と口がオープン…っていう、
無意味な着け方をするくらいなら、
シャットアウト効果は多少低くても、
布マスクなら着け心地がいいから、
長く装用していられるかも?

それから、消毒薬も、必死に消毒用アルコールを探さなくても、
ホワイトリカー、焼酎、ウィスキーなどで代用すれば十分。

アルコールは実は、純度100%のものより、
少し水が混ざっている方が、殺菌力は高い。

だから、アルコール度数が高め(40%以上がおススメ)のお酒は、
十分消毒薬の代用品になる。

物資が不足している時は、
「なにがなんでも、OOがなきゃダメ」
と思わず、柔軟に考えて、臨機応変に代用品を使おう!

そして、とても大事な事は、
目先の欲にとらわれたり、必要以上に不安にかられたりして、
大切なことを見失わないこと。

ちょっとの判断違いで、
もっと大きな損失を被ることにならないとも限らない。

賢く恐れて、賢く対応し、出来る限りのことをやった上で、
「なるようにしかならない」
と腹をくくってみよう!

そうすると、心と体にゆるみが出来て、
免疫力もアップしてくる。

楽しみ、仕事、学業、…などなど、すべてのことは、命や健康あってのもの。
何が大切か、しっかり見極めることが、一人一人に求められる時期ね。

閑話休題。

この先は、私の勝手な個人的見解。

たぶん、十数年前にこのウィルスが流行していたら、
テレワークや休校、イベント中止は
ここまで推進されなかった気がする。
…ということは、十数年前だったら、
もっと酷い流行になったに違いない。

コロナのお蔭で、この先、
「無理しないで、具合の悪い時は休む」
というスタイルが浸透し易くなり、
テレワークやネットスクールなどの
新しい生活スタイルがどんどん進みそう。

人や社会って、大変なことが起こるたびに、
それをきっかけにして大きく変化、成長する。

神様のような大きな視点から見たら、もしかすると、
新型コロナや大震災のような苦難も、
新しい時代を作るための大きな起爆剤なのかもね…。

それから…。

今回の感染対策で、タヌキとキツネの化かし合いのような
政府やお役所の呆れた無能の対応の一方で、
北海道知事の対応は、ずば抜けて素晴らしかったように思う。
こういうトップがどんどん増えて欲しいものだわ。



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18 : 18 : 59 | 未分類 | page top↑
マニュアルって…?
2020 / 02 / 13 ( Thu )
今年の前半は、
「何かバタバタしたことが起こりそうな流れ…」
と思ってたら、「新型コロナ騒動」が勃発…。

政府や役所の対応のあんぽんたんさには、呆れるばかり…。
だから、「お役所仕事」って言葉があるんだろうけど…。

人ってどうも、マニュアルや決まりを作ると、
それに縛られてしまう傾向があるみたい…。

以前、ホスピスの運営マニュアル作りをしたことがあるけれど…。
「多くの人たちが上手く、楽に動けるように、標準的な方法」
をまとめたはずなのに、いつの間にか、
「マニュアル以外のことをやっちゃダメ」
って、規則みたいに運用されるようになってた。

「マニュアルは、医療に携わる人と患者さんが
 便利に効率よく心地よくいられるためのツール。
 マニュアルに縛られたら意味がない。
 マニュアルをベースにして、もっと利便性のいいことは、
 どんどん取り入れていくことが大切」
って、声を大にして言ったけれど…。

当時、メチャ若かった私の意見など、通るはずもなく、
年配の偉いさんたちの、
「それでは統制がとれなくなる」
って言葉で、規則みたいな運用をされて、
とても悲しくて、残念だったことがある。

でも、その後、仕事や趣味でいろいろな団体や社会に
首を突っ込んでみたら、
「根本はどこも同じ」
ってことに気が付いた。

特に、長く受け継がれていることほど、
「なぜ、そういう決まり事や約束事がつくられたのか」
と考える人はほとんどいなくて、ひたすら真面目に、
「長く受け継がれた伝統、決まりだから」
と続けられていることが少なくない。
もちろん、そのお蔭で質が保たれていることはあるだろうけれど…。

でも、もしかしたら、最初にその「決まり」を作った人は、
「守らせること」
が目的ではなくて、
「たくさんの人が、豊かで、便利で、楽になるように…
 もっといい方法があったら、どんどん変えていっていいよ」
という気持ちだったかもしれない。

一番大事なことは、
「規則を守ること」
ではなくて、
「人を幸せにするために規則は生まれた。
 大切なのは、人が幸せであること」
ということ。

ツールや決まりに惑わされず、
「それをすることで、自分や人が真に幸せになるのか」
という大前提を心に留めて、動けるといいよね。



11 : 21 : 51 | 未分類 | page top↑
がんばらない勇気、ファイト!
2020 / 01 / 13 ( Mon )
新しい年が始まりました。

昨年末くらいから、
「人生のギアチェンジ」
に苦労している人々があまりにもメッチャ多いようなので、
今回はちょっとヒントになるような話を…。

真面目で、一生懸命で、いい人、優しい人ほど、
「がんばっている自分」
「他人に気配りをしている自分」
「いろいろなことを考えている自分」
…等々、前向きで立派な行動をしている時は、
自分のことを褒めやすく、認めやすいけれど…。

そうでない行動を自分がしている時には、
無意識に自分を責めたり、否定したりしてしまいがち。

実は、この「責める」「否定する」が
「うつ」をはじめ、さまざまな病気の源に…。
(なので私は、「うつ病」のことを「責める病」と呼んでいる)

「がんばれること」はとても大切だし、とてもかっこいい!

でも、病気、怪我、転職、退職、引越、出産、育児、介護…などなど、
人生の節目には勇気を振り絞って、
真逆のことにチャレンジせざるを得ないこともある。

「がんばらない勇気」
「深く考えない、物事を分析しない勇気」
「過去を見ない、未来を見ない勇気」
「とことん遊ぶ勇気」
「生産的な生活を全くしない勇気」
「空気を読まない勇気」
「他人のことを考えず、自分を最優先する勇気」
「人の評価を無視する勇気」
「心の中のグルグルを見続けない勇気」
…etc

こうした勇気あるチャレンジは、
「座禅」と似ているようにも思う。

「座禅」ではじっと座ったまま「なにもしない」をする修行。
すると、心の中に様々なたくさんの雑念が浮かんでくる。
そうした雑念を、
「川の上を流れていくゴミ」
だと思って、一つ一つ注視したりせず、
流れていくまま放っておく。

ただ、こんな風に「なにもしないこと」に対して、
「何もしないなんて、非生産的。時間の無駄」
「ゴミを見つけたら、しっかり拾って、
 分別処理しなければ、川はきれいにならない!」
「座禅している時間で、ボランティアの一つもした方が世のため」
…などの意見もあるだろう。
確かに、そういう生き方が大切で、重要な時もある。

でも、「がんばること」や「今までのやり方」に限界を感じたときには、
今までやってこなかった「今までと違うことにチャレンジする勇気」や、
「がんばらない勇気」を試してみるのも一興。

実は「がんばらない練習」って、「生活しながら座禅をする」という
とてもかっこよくて、難しい「人生チャレンジ」なのだ!

ただ、今までと違うやり方にチャレンジしようとすると、
時に、心の中で、
「じゃあ、今までの私のやり方が悪かったってこと?」
と昔の自分が騒ぎ出すことがある。

そんな時には、優しく昔の自分に声をかけてあげよう。
「今まで私ががんばってくれたから、今の私があるんだよ。
 でも、今、限界を感じているから、
 新しいやり方もチャレンジしてみようと思うの。
 だから、しばらく見守って、協力してくれる?
 一緒に新しい幸せを掴もう!」

新しいチャレンジをするときには、
「過去のがんばってきた自分」
とケンカをしないことが、とっても重要だ。

また、「がんばらない」という選択をするには、
「がんばること」以上に勇気と決意とパワーがいる。
なんたって、生活しながら「座禅修行」をしているのだから…。

だからこそ、上手に「がんばらない」ができたら、
いっぱい自分を褒めてあげよう!

そして、ささやかなことでも、たくさんたくさん自分を褒めてあげよう!

ごくごく平凡な何もない一日を過ごせて、よかったよかった。
大変な中で、空の美しさ、花の美しさを見つけられた。すごいすごい。
新しい遊びを発見して、夢中になれた! やった~!
「上手にがんばらないができた自分」を褒められた! すご~い!

「座禅」の中で、新しい発見があるように、
「座禅のようなスタンスでの生活」にも、
チャレンジした人だけが掴める境地がある。

もちろん、
「チャレンジしてみたけど、やっぱり今までのやり方がいいわ」
と、元の生活に戻ったってOK!
それでも、「座禅生活」をしたことで、
「元の生活」に新しい視点が生まれるかもしれない。

新しいチャレンジをしている人たち、ファイト~!



11 : 20 : 54 | 未分類 | page top↑
天任せ
2019 / 12 / 13 ( Fri )
何かと慌ただしく、忙しく、過ごしているうちに、
あっという間にもうすぐクリスマス&年越し!

今年はなんだかいろいろなことが硬直状態で、
思うように動かない(動けない?)まま終わった感じ。

それでも、
「まあ、そんな年もあるさ。
 それでも、多少なりと新しい体験ができたから、それでよし!」
と思えていることが一番の良かったこと?

ところで…。
それなりのお年頃になってきたせいか、
「終活」「相続」といった話題が周りに増えてきた。

こうしたことは、複雑な問題として、難しく考えようと思ったら、
どんどん複雑で難しい問題にもできるけど…。

私としては、
「ま、なるようになるさ…でいいんじゃね?」
と思ってしまう。

仕事柄、若い頃は、
「人間、最後は必ず何かの形で死ななければならない。
 ならば、がんって病気は、いろいろなことを整理して
 人生を締めくくれるから、なかなかいい選択肢かも…」
と思っていた。

でも、この年になってきたら、
「案外、災害とか事故とかで跡形もなく「サヨナラ」
 っていうのも、その瞬間だけは怖いかもしれないけど、
 潔いし、救命やDNA鑑定や埋葬の手間が省けて、すごくいいかも♡」
…なーんて思うようにもなってきた。

まあ、残される人たちは複雑な気持ちかもしれないけど…。
でも、
「あの人は理想の旅立ちが出来たんだね」
と思ってもらえたらメチャ感謝…って感じ?

…というくらい腹を据えて、
「何が起こっても起こるままでいい。
 起こることは天任せ。起こることが必要なこと」
と思っていると、日々をとても気楽に過ごせる。

なにしろ、苦しいことのほとんどは、
「未来」を心配し過ぎているか、
「過去」を見てグルグルしているか、
「心の中の妄想」を見続けているか…だからね~。

「妄想」や「空想」など、「あれこれ考えること」は、
上手く楽しめば、とても面白い「ゲーム」や「娯楽」になってくれる。
でも、それで苦しんで生活に支障をきたしたら本末転倒。

若い時には、いろいろな未来をあれこれ想像するのも
人生の経験の一部だったけど、
今になって、歩いてきた道を振り返ってみると
「起こったことが、長い目で見たら必要で、経験すべきことだった」
としみじみ思う。

確かに、「大変な渦中」にいる時はものすごく辛くて、
納得できないことも多々あったけれど、
「ああなるほど、これがこんな風に複雑に絡み合って、
 あっちにも、こっちにもやっぱり必要な出来事だったのね。
 大変な事ほど、すべてちゃんと人生にとってすごく役立ってた!」
と感じる。

ついでに、お金や持ち物についても、
「生きている間に、気持ちよく暮らすためのツール。
 その人が送りたい人生ストーリーに応じて、
 天から仮に与えられているもの」
と経験の中で実感した。

だから、たとえもし、いろいろなものを失うことがあったとしても、
「この「大変」をとことん味わい、そこから何かを得るぞ!」
と言い切る覚悟さえあれば、きっと人生は必ずいい方に転じられるに違いない。

なにしろ昭和の戦争を経験した日本人たちは、
あんな焼け野原の何もないところから、
何十年かでここまで発展してこられたんだもの…
それより豊かな今の時代、たいがいのことは、なんとかなるさ~!

人生、ここまで歩いてきて実感することは、
「人生に起こったことが、自分が経験する必要のあること(最善のこと)」
という呪文を自分に言い続けることが
「自分を良き未来へと導くツール」
…って感じ?

今年も一年、お疲れさまでした。
来年が皆様にとって、充実した実りある年になりますように…。


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