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マイ スタイル
2020 / 11 / 10 ( Tue )
断捨離の手引きなどで、
「3年着なかった服はもう着ない→捨てるべき」
とよく言われる。

でも私の場合、数年後、十数年後に、
「久しぶりにあの服が着たい」
と、マイブームが戻ってくることが多々ある。
だから、気に入っている服は今着ないからといって、
なかなか捨てられない。

今年は、そんな「タンスの肥やし」化していた服が大活躍!

最近の普段着は、思い立った時にストレッチをしたり、
犬の散歩をしたりするときに便利なように
もっぱらスカーチョを愛用しているけれど…。

コロナ禍で、人混みに出かける時には、
専用の外出服を着ることにしたので、
「大好きだけど、普段着には不便」な
おしゃれ目系のスカートやジャンバースカートなどを大活用。

ちょっと気が重かった人混みへの外出も、
おしゃれ服で出かけると、ちょっぴり心もうきうき♪

「ああ、お気に入りの服って、着てるだけでとっても幸せ~」とか、
「何年も着なくても、好きな服は残しておいて大正解!
 断捨離にしろ、何にしろ、人の勧めには耳を傾けつつも、
 自分なりのスタイルにアレンジして活用することが大事ね~」とか、
ささやかな発見があって楽しかった。

また、お気に入りの古い服をどんどんリメイクして、
今風の服を作るのも楽しかった。

今年は、イレギュラーなことがたくさんあったおかげで、
「今までのパターン」を自然に変えることができてよかったな~。

話は変わって…。
最近の「鬼滅ブーム」を一応チェックしてみた。
(映画は見ていないけど、TV放送で)
ドハマりはしなかったものの、確かにそれなりに面白かった。
推しは誰かと聞かれたら、「雀のチュン太郎」って答えるかな…。

ただ、「鬼滅」もいいけど、映画なら、
「名探偵コナン」の「赤いファミリー」の公開の方が待ち遠しい。
なんたって、灰原哀ちゃん推しだから…。



09 : 21 : 39 | 未分類 | page top↑
すごいぞコンビニ
2020 / 10 / 08 ( Thu )
最近の日々の最高のお楽しみは、週替わりのコンビニスイーツ。

近頃は、そんじょそこらの有名店のスイーツより、
コンビニスイーツの方が安くて断然美味しい!…ということも多々。

デパートの地方物産展などで、
「わあ! これ、テレビで紹介されてて、
 有名人がメッチャ美味しそうに食べてたやつだ~!
高いけど、こんな時しか食べられないから、買っちゃおう!」
と購入したはいいけど、
「値段の割にガッカリ…。コンビニスイーツの方が美味しい…。
 グルメ番組の「メッチャおいしい!」は当てにならない…」
とガッカリさせられたことは数知れず…。

きっとコンビニの開発メーカーの人たちが、
各地の美味しいものを食べまくって研究し、
一番おいしいものを参考に作っているに違いないと確信する。

そのたゆまぬ努力のおかげで、私たちは、
安価で手軽に身近でこんな美味しいスイーツを食べられているのだと、
日々、感謝、感謝、感謝!
つくづくいい時代に生きていると感じる。

ただ、コンビニスイーツで注意したいのは、
メーカーによっては、かなりハズレが多いこと。
特に、大手メーカーのスイーツはハズレが多い。
なので「どこで作られた製品か?」のチェックは、購入時の重要ミッション。

近場の良心的な工場(?)で作っているスイーツは、ほぼハズレがない。

関東近郊では、セブンなら「Wや」「Sフォーレ」、
ファミマは「Dランド」「Yザワ」、
ローソンは「Cフーズ」、全国展開のメーカーでは、「Mテール」

フルーツサンドなどは中身のフルーツの大きさはともかく、
全体的な味のバランス、パンのしっとりふわふわ加減では、
有名フルーツ店の高い品より、断然安くておいしい!

本当に、コンビニさん、近くにたくさんあってくれてありがとう!!
なにより、コンビニでスイーツが買えるくらいの
ゆたかな暮らしができて、ありがとう!

思えば、学生の頃は、メッチャボンビーで、
スイーツなんて買う余裕すらなかった。
一か月に一度、生活費に余裕ができた時だけ、
170円のフランスパンを買うことが、ささやかなプチ贅沢だった。

それでも、あの時食べていたフランスパンは、
感動的に美味しかった記憶が残っている。
それはそれで、その時にしか味わえない最高の幸せだったのだなあと
今になってみると思う。

幼少期に、道端で摘んだレンゲの花の蜜や、ノビルの味噌汁、
ヨモギ団子なども、あの時にしか味わえない最高の美味しさだった。

その時、その環境、その状況でしか味わえない幸せってある。
そういう幸せをしっかり味わい尽くしたいなと思う。


11 : 51 : 26 | 未分類 | page top↑
植物的生活
2020 / 09 / 06 ( Sun )
最近、以前の自分の生活を振り返る機会があった。

「動から静の生活へ、大きく変化して生きてきたんだなあ」
と改めて感じた。

以前は、「目標に向けてまっしぐら」という生活で、
目標が達成されたか否かで、一喜一憂していた。

でも、途中でギアチェンジしてからは、何が起こっても、
「起きることは、すべて起きる必要があって起こる。
 人生に必要か、最善のこと。
 起こることは起こるまま受け入れ、
その時、最善と感じた選択、行動をして、流れのまま過ごそう!」
と思うことにした。

たとえ、そうは思えない時でも、
「呪文のように言い続ければ、いつかそう思える時が来るかもしれない」
と、言い続ける覚悟を決めた…といった方が正確かもしれない。

それ以降の暮らしは、めっちゃ気楽!
何がラクって、過去や未来が全く気にならなくなり、
行動するときにも、あまり深く考え込み過ぎたり、
必要以上に反省や後悔したりすることが少なくなったから。

また、理想や希望の未来像を手放すことで、
「幸せの値踏み」をすることもなくなった。

すると、毎日の生活は、
「ほぼ同じことの繰り返しの中で、呼吸して、そこにいる」
という刺激のないものに変わっていった。

ただ、その代わりに、
ごくごく平凡でささやかで、特別なことなどない一日が、
とても充実していて、楽しく、豊かに感じられるようになった。

子供の頃、「片足ダチョウのエルフ」という絵本を読んで、
「将来はエルフのように、「最後に木になってそこにいる生活」
 って、かっこいいなあ!」
と思っていたけれど…。
今がその「あこがれ」に近い生活かも…とも思う。

若い人やエネルギッシュで変化や変革を求め、
希望と期待に満ち溢れている人たちにはお勧めしないけれど…。

ある程度、人生を体験してきた人には、こういう
「植物がそこに存在しているだけ」的な生き方って、
気楽でいいかもね~。



10 : 09 : 35 | 未分類 | page top↑
感染増加の日々で思うこと
2020 / 08 / 06 ( Thu )
予想されたことだけれど、コロナがどんどん広がってきた。

それでも第一波の時より、広がりがゆっくりなのは、
多くの人たちが、しっかり感染予防をしているからだろう。
日本人は真面目で、清潔好きで、無茶なデモもしないから、
このくらいの広がりでおさまってくれているのかもしれない。

一人一人のささやかな努力がたくさん積み重なることで、
たくさんの人たちの命が守られていると思うと、
がんばっている一人一人に、感謝、感謝、感謝。

ただ、危機が日常化してしまったせいか、
気が緩んで、困った行動をする人々も少なからずいる。
そのせいで、感染拡大するのはとても悲しい。

無茶をする若者も困るけど、もっと心配なのは、
合併症を持っていて、罹ったら大変になる人や、
年配層の人々が、無防備かつ活発に動き回って遊んでいること。
しかも、そういう人に限って、注意を促しても、
「大丈夫、大丈夫。そうそう罹らないって。
 ちゃんと対策もしてるし」
と言いつつ、聞く耳持たずに、
あごマスク、外食、集会、カラオケなどなど…(^^;)
(実は、私の身近にもそういう「困ったちゃん」が…笑)

でも、なんといっても最高にがっかりなのは、
勝手にGOTOだけ決めておいて、その後、
引きこもって何も対策に乗り出さない総理さま。
血税からもらっている高い給料分は、
ぜひとも、ちゃんと働いてくだされ~。

もし、自分がコロナの最前線で仕事をしていたなら、納得できなくて、
「本当に感謝してくれているなら、頼むから、
 せめてしっかり感染対策して動いてくれ~!!
 好き勝手に遊びまくって感染した人の看病やサポートを
 休みなしで働いている医療者や保健所や救急隊がするのは違うだろっ!」
と叫びたくなったに違いない。

生き方や行動は本人が変わろうと思わなければ、
誰も変えることはできない。
いろいろな人間がいるから、世の中は思う通りには動かない。
…とはわかっているものの…。
不条理さに、時々めっちゃ悲しい気分になる。

どうかせめて、この不条理さが原動力となって、
いろいろなことがよい方向に変わるきっかけとなりますように…。

でもまあ、問題行動をする人がいるお蔭で、
「普通の人が、当然のこととして頑張っている感染対策」
が、実は当たり前ではなく、
とても素晴らしい行動なのだと理解できただけでもよし?!

話は変わって、感染者や感染を起こした施設や医療関係者などへの
誹謗、中傷、差別は絶対にいけないことだけれど…。

何でもかんでも、
「差別された! 偏見を持たれた!」
と言ってしまうと、
自分が言ったその言葉そのものが、
自分を傷つけることになっちゃうから、
気を付けた方がいいかも…とも思う。

「感染がめちゃくちゃ広がっている国からの入国お断り」
というのと、
「東京の人は田舎には来ないで」
「クラスターが発生した施設の人は、利用を控えて」
「コロナの病院に勤めている人は遠慮してほしい」
「入場(入店)の際には、マスク着用、検温、消毒を」
等々…という発想や対策や発言は、
「相手が感染しているかもしれない」
と疑っているという点ではあまり違いはない。

それでも、直接言われたり、されたりしたら、
とても悲しい気分になることもあるかもしれないけど、
「相手も対策を一生懸命しているからこそ、出た言葉かも…」
でスルー出来ることは、スルーした方が自分自身に優しいかも…。

コロナ関連に関わらず、
「ひどい扱いを受けた!」
と言いたい時って、実は、心も体もボロボロになっている時。
だからこそ、せめて、
自分の口からは自分自身に辛い言葉をかけないようにしてほしいな…。

それでもどうしても、スルー出来ないくらい腹が立つ時には、
自分をとことん守る必要がある時なのかもしれない。
そんな時は、しっかりプンプン怒って、
「ひどい目に遭って、辛かったよね」
って、自分を慰めて、「よしよし」してあげるといいかもねー。

大切な自分のエネルギーは、なにより最優先で、
「自分を大切にすること」に使えるといいよね~。




17 : 29 : 40 | 未分類 | page top↑
自粛の収穫
2020 / 07 / 04 ( Sat )
コロナ自粛を逆手にとって、
生活をリセットしたり、新しいチャレンジをしたり…と、
有意義な時間を過ごしている人が多いみたいで、
素晴らしいことだなあと思う。

私はさほど特別なことはしなかったけれど、
「ひまわりの相談を電話のみにしたこと」は、
いろいろな発見があった。
そして、今の私にとっては、
かなりメリットが多い方法だ、とも気づかされた。

また、不自由な日常のお蔭で、いろいろなことを
リアルに感じられる感覚が出てきたのも面白かった。

「電車やバスや飛行機が自由に使えない…といっても、
江戸時代以前の人たちは、もっと移動手段はない中で生活してたのよね」

「昭和の初めごろは、普通の家には電話すらなかった。
 私の若い時ですら、公衆電話では3分10円で、
 いかにまとめて話をするかが大事だった」

「子供の頃は、トイレットペーパーがなく、ちり紙だった。
友人の家はちり紙もなくて、新聞紙で用をたしていたっけ」

「お金も品もなくて、新しい服はなかなか買えなかったから、
大人の服をリメイクしたり、古くなったセーターをほどいて、
湯のしして毛糸に戻して編みなおしていたっけ」

「イチゴのパックや段ボール箱や菓子箱で、家具やかわいい小物を作ってた」

「大地震後で生活物資がないときや、戦後の配給の時はもっと大変だったはず」

「コロナの最前線で働くこと考えると、
特攻隊に行く人たちの気持ちが理解しやすいわね」
などなど…。

すっかり便利で豊かな生活に慣れてしまっていたけれど、
私より年配の人たちは特に、昔を思い出せば、
「以前は、もっと不自由な生活をしていたんだから、このくらい全然平気!
それどころか、今の時代は、いざとなったらなんでもネットで買えるし、
電話やビデオ通話で簡単に世界中と繋がれるんだから、便利便利♪
とっても豊かで恵まれた時代だわ♪」
と思えるのは強みだと思う。

それになにより、
「食事をしたり、テレビを見たり、ゆめちゃんの笑顔を見たりする何気ない日常」が、
「なんて輝いていて素晴らしいかけがえのないものなのだろう!」
としみじみ感動できたこともよかった。

自粛生活では、大好きな手芸もいろいろ楽しんだ。

昔の服をリメイクして、新しい服やスカーチョ、
いろいろなマスクやエコバックを作った。

ちなみに、マスクは、綿、サッカー生地、ガーゼ、麻、クール生地などなど、
いろいろ作って、使用してみたけれど…。
私は、麻素材のマスクが一番お気に入り。
息を吸うと、自然な感じで涼感が得られるから…。

暑がりの妹には、ジョギングをする人などがよく使っている
「濡らして、パタパタすると涼しくなる夏用マフラー」の素材で、
イスラムの女性がしているようなマスクを作ったら、かなり好評。
防御力には欠けるけど、飛沫予防には十分。
但し、布に匂いがつきやすく、一度ついた匂いは洗濯しても取れにくいので、
匂いに敏感な人にはNG

また、マスクは、ゴムの長さや生地の素材や厚み、
ちょっとしたプリーツや立体裁断の形の違いで、
かなりつけ心地が変わるのもわかった。
なので、マスクは手作りで自分の体と好みに合わせると
最強のものができるかも?!


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