切り離し
2007 / 04 / 29 ( Sun )
ひまわりの向かいで大規模なビルの解体、マンション建設工事がおこなわれているのだが、騒音と振動がかなりすごく、連日震度1-3が続いていた。お陰で、ドアの建て付けがゆがんだり、サッシが落ちてきたり、網戸が落ちたり…。

でも、ストレスなのは人間だけでなく植物も…だったらしい。なんと、工事側の生け垣が害虫にやられて、瀕死状態になってしまった!
せっかく新芽が伸びて、爽やかな緑が育ってきたところだったけれど、泣く泣く、最低限の枝木を残して、伐採という大手術を行った。

「こんな青々とした若い枝木を切ってしまうなんて、本当にもったいない!」
と未練タラタラだったのだけれど、ここで情けをかけてしまうと本当に全滅してしまう。「命一つを残すためのギリギリの選択」に、迷いや未練は禁物だ。

一日かけて、枝葉をバサバサ切り落としながら、ふと、自分自身が今置かれている状況と似ているなあと思った。
「自分を生かすために、必要最低限のもの以外、すべてを一度バッサリと切り離す。その後、自然の力に任せて芽吹いてきたものを大切に育ててゆく…」

手放すものの中には、青々とした若い枝木同様、一見可能性があるように見えるものもある。でも、病気になった枝木は、一見、美しく見えても、残しておけば命取りになりかねない。樹に残された力を信じるならば、切ってしまっても再び、もっともっと力強い新芽が必ずや出てくるはずだ。

人生も同じ。
時には、「一見大切に見えるけれど、蔭でゆがみが生じているもの」に対して未練や執着を振り払って、一度すべてを手放して、新しくリセットする時がある。でも、自分さえ自分自身を見失っていなければ、いつかは必ず新しい芽が育つはず。

「人事を尽くして、天命を待てば、必ずいい方向に向かう」
と、言い聞かせて頑張ろう!
13 : 38 : 19 | 心とからだ | page top↑
プラスとマイナス
2007 / 04 / 18 ( Wed )
先日、NHKの日曜美術館で「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の特集を見た。
今来日している彼の代表作「受胎告知」は当時としては、最高の技術と斬新なアイデアをもとに描かれたものだけれど、全く評価されなかったのだそうだ。
でも、そのお陰でダ・ヴィンチは一介の画家にとどまることなく、幾何、建築、彫刻、自然科学…といろいろな方面で多彩な才能を発揮することができたとか。

世の中を見ていると、「才能の有無」と「世間に評価されるか否か」ということは別問題だということがよくわかる。どの世界にも、
「これだけの才能ある人が、なぜ世間では理解されないのだろう」
という人がいる。
もしかするとそれは、ダ・ヴィンチのように才能がありすぎるあまり、時代の先を行きすぎていて、人々に理解できないからなのかもしれない。あるいは、世間の注目に振り回されずに、自分の才能を余すことなく自由に発揮するためなのかもしれない。

「人から認められない」という世間から見たら「マイナス要因に見えること」がダ・ヴィンチという天才を生んだのなら、それはまさしく彼の人生にとって大切な「プラス要因」だったのだろう。

ところで、最近、受験生を持つ親御さんたちが「受験に失敗したら、人生の落伍者」と言わんばかりに、「勉強、勉強」と言っているのが気になる。
でも、親が「落伍者」のレッテルを張っている子供たちをよくよく見てみると、
「ああ、この子は受験では遠回りでも、人生では近回りをしているんだな。普通の人が大人になって経験する「人生の躓き」を子供のうちに経験して乗り越えて、よりよい人生を歩こうとしているんだ」
と感じることが少なくない。

親からみたら「子供の人生にとってマイナス要因」に感じられることの多くは、実は「子供の人生最大のプラス要因」になる可能性を秘めている。
だから、親は「子供の人生に不幸が起こった」と嘆き悲しむ必要は全くない。
「この経験は、こう活用すれば、あなたにとって最高の強みやチャンスになる」
ということを教えれば、子供はピンチをチャンスに変えて力強く生きていくものだ。

世間の目を気にして、無理矢理強制的に勉強させて、現役で足並みそろえて、立派な学校に入るよりも、少々遠回りしても、
「自分らしい楽しい素敵な道を選べたなあ」
と思える方が、私は素敵な人生だと思うのだけれど・・・。
でも、そうは思わない人も世の中には多いみたい。
 
ある人がこんなことを言った。
「強制されるのは嫌だけど、強制されないと何もやらなくなってしまいそう。それに、強制されると、なんだか頑張っているようで安心。強制されることに慣れてきた人間にとって、「好きなように自由に生きていい」といわれるのは、いきなり補助輪のない自転車に乗らされるような不安を感じる」

 どうやら、多くの人は
「自由になったら、自分はどんどん怠け者になって、どんどんダメな人間になってしまうかも・・・」
 と思うらしい。
たぶん、自由になった時に、「自分の力で、「自分」を生かす自信」がないのかもしれない。だから、「こういう生き方をすれば、あなたは必ず幸せになれる!」という保証書付きのマニュアルに沿って生きた方が安心なのだろう。
そうすれば、人生に失敗したときに、
「あのマニュアルを書いた人が悪い」
と誰かのせいにすることができる。

自由に生きるというのは、案外とても難しくて苦痛なことだ。自分の人生すべてに自分で責任を取らなければならないから…。だったら、少々不自由でも、世間が提案してくれる「こういう生き方が理想」という枠の中に納まっている方が楽なのかもしれないね。
12 : 09 : 43 | 心とからだ | page top↑
大河の流れ
2007 / 04 / 13 ( Fri )
 今年は天候が狂ったせいか、我が家の花々は咲くタイミングがいつもと全く違う。桜の後に咲く源平桃が、桜より早く咲き、4月の末に咲くはずの牡丹がすでに満開を迎えてしまった。
 また、「ひまわり」の前の山桜は工事の関係か、明らかに工事側の枝が花をほとんどつけなかった。
 自然というのは、本当にデリケートだ。

 ところで、私にとって3月は決断の月間だった。仕事、私生活共に、いくつかのことを終わらせ、新しい生活に向けてスタートする決意を固めた。そのせいか、他にもいろいろな流れがストップし、今は完全にすべてが休止状態という感じ。
 こういうときって、ちょっぴり不安になったりする。

「本当に、流れているのかなあ。前に進んでいるのかなあ。これでいいのかなあ・・・」
 なんて考えながら、お散歩していたら、ふと、川の流れが目に留まった。
 川幅の広い所では、舞い散った桜の花びらがほとんど動かずに立ち止まっているように見えた。でも、川幅が狭くなったり、段差があったりするところでは、滔々と水音をたてて、確かに川は流れている。

 「そうかあ。水が流れてないように見える所って、広々として、でこぼこが全くなくて、安定しているところなんだ。
 でこぼこや落差があったり、狭くて苦しいところの方が、はっきり流れがわかるんだ」
 なんて、当たり前のことをしみじみ確認してしまった。

 人生も同じなのかもしれない。
 流れが全く感じられない時は、それだけ幅広く安定しているってことなんだろう。でも、そのうち、嫌でもでこぼこや分岐点が来る。だったら、安定しているときは、安定を楽しんでいればいい。

 花も草木も、冬はじっと眠ったように過ごしている。でも、ちゃんと春に向けて準備をして、時期が来たら、必ず花開く。
 咲く時期は、その年の天候などたくさんの要因に左右されて、人間の力ではどうにもならない。でも、咲く時期が来れば、咲くものは必ず咲く。
 「人事を尽くしたら、天の時を信じて、ただ静かに時期を待つ」
 ということを極めるのが、本当に自然と共存する生き方なのかもしれないなあと思う今日ごろ。
11 : 46 : 37 | ひとりごと | page top↑
ひまわりの部屋
2007 / 04 / 01 ( Sun )
最近、いろいろな方から、
「先生と、とりとめもない話をする中で、生活のヒントとか、自分の方向性を模索してみたいと思うのだけれど、いかんせん、「クリニック」という看板がかかっていると、健康な人間には敷居が高い」
との話をうかがう。

確かに、「ひまわり」は「クリニック」の看板を掲げていて、ターミナルケアとか、心療内科とか、本格的な医療相談をまじめに(?!)やっている。でも実際には、私自身が「世の中も人間も何でもあり」という方針のためか、本当に多種多彩な方が来院される。
そして、来院される方に合わせて、私の対応も七変化するものだから、「ひまわり」もある時は「クリニック」、またある時は「カウンセリングルーム」、またある時は「寺」「神社」「教会」「心霊相談所」「ミニ講演会場」「自己啓発セミナールーム」「スピリチュアル講座」「夜の夫婦生活講座」…etc、ほんとに人の数だけ変化する感じ。その変貌ぶりのすごさに、うちのスタッフたちは密かに、「ひまわり」のことを「魔界クラブ」と呼んでいたりするくらい(笑)

でも、元気なうちから、生活に優しい心配りをすることは素晴らしい予防医学だと思うし、なにより、病気になってから生活を立て直すより、絶対に楽! なので、私としては、健康な人がちょっとした相談をしたり、話を聞きにクリニックへこられることは大歓迎なのだ。
ただ、いわれてみれば確かに、健康な人は「クリニック」の門をくぐるのはちょっと勇気がいるかも・・・。

・・・ということで、この春からは、「健康な人がより豊かで自分らしい生活ができるよう応援フェア」という試みで、健康な人が自分なりのスタイルで「ひまわり」をご利用できる日を5月から新設予定です。

この日は、「クリニック」ではなく、「ひまわりの部屋」。
 個人的な人生相談だけでなく、親しいご友人同士集まって「おしゃべり会」「介護のミニ講座」みたいな形で利用していただくのもいいかなあと思っています。

 もちろん、今まで通り、クリニックの枠でも健康な人のご相談、サロン代わりの利用も受け付けています。但し、「ひまわりの部屋」と「ひまわりクリニック」では、システムが変わる予定ですので、じっくり見比べて自分に合った方を選んでくださいね。

 詳しくは近日中にHPにアップします。
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