流れ
2008 / 10 / 31 ( Fri )
 今月は、かなり大きな流れ(エネルギー?)のうねりが生じた月だったらしい。
私としては、「この一年の細かい調整の最終段階と総まとめ」という感じだったが、周りの人々は、浄化、方向転換、転居、転職、廃棄、終了…etcと、かなり激しい波に見舞われている人が多数いた。

この「流れ」に乗っている人々は、どうやら、来月には新たな局面を迎えるらしい。古きを潔く捨てて、新しいものを迎え入れる準備があれば、かなりいい展開が期待できるかも?!
10 : 06 : 12 | ひとりごと | page top↑
天の計らい
2008 / 10 / 12 ( Sun )
 妹と1泊2日で旅行に行ってきた。
 2年ほど前に行った宮崎旅行に次ぐ、ドラマチックな2日間だった。

いかにドラマチックだったかを象徴する一番の出来事は、
「行く予定のなかった神社に参拝することになり、おみくじを引いたら、なんと二人
とも丁度1ヵ月半前に別の神社で引いたおみくじと、一字一句違わない内容」
こんな偶然もあるんだと、びっくり!

 さらに、面白かったのは、雑貨店に入った時、店員の若い兄さんから妹がスカーフ
を勧められたこと。
 「あらら。ゼブラ柄なんて、趣味じゃないもの勧められてるよー。ご愁傷様」
 なんて、フフンと鼻先でせせら笑いながら横目で見ていたが、形よく装われた途端
に、びっくり仰天!!
 「あ!! 未来の彼女が必要としているのは、まさにこのエネルギーだ!」
 と、瞬時に理解。
慌てて、彼女を鏡の前に立たせ、「絶対買った方がいい!」と、珍しく自ら勧めてし
まった(基本的に、私は買い物に消極的)!
 後で聞いたら、店員の兄さんは、彼女を見た瞬間に「これが似合う」と判断したそ
うだ。恐るべし、カリスマ店員!
 いやあ、自分では「?」と思っても、とりあえずは、人のアドバイスを聞いてみる
もんだ!

 旅行を通じて気付いたのは、この一年は「自らの能動的な動きを完全に封印する」
意味があったこと。
 今までのように「能動的に直接外界に働きかけることで、よりよい生活を実現す
る」のを一切やめて、「外界で起こることをそのまま受け入れ、それに対する自分の
反応を最善に調整する。それによって、外界は自然によい形に流れていく」というパ
ターンに切り替えるための一年だったなあと感じる。

 ところで、旅行から帰ったら、不思議なプレゼントが届いていた。
 推察するに、「あの世から届いたプレゼント」ということらしい。

 この「不思議なプレゼント」が届けられるために、実は、1カ月以上も前からいろ
いろな人が様々な形で動かされていた。しかも、関係者全員に起こった出来事は、す
べて単独でも各々に素晴らしい幸をもたらすものであり、なおかつ、一見無関係ない
くつもの出来事が合わさることで、
 「あの世から届いたプレゼントですよ」
 と、私にわかる仕組みになってた。

 こんなに絶妙で、美しい人の流れの動きと結果は、生きている人間では逆立ちして
も計画しえない。感動すると同時に、
 「天の動きに任せられず、自分で動いた方がうまくいくと思っていたのは、なんて
おこがましいことだったのだろう」
 と反省した。

 ちなみに、私はこのプレゼントの「あの世の送り主」には生前会ったことがない。
ただ、「送り主」は、この世に生きている人たちを通して、折りに触れて私に助け船
を出して下さっているようには感じていた。でも、心のどこかで、そのことを信じ切
れないでいた。
でも、今回のプレゼント、旅行を通して、しみじみ、
「私達は目に見えないたくさんのものに支えられているんだな。世の中って、うまく
できているな。すごいな」
とさらに深く納得できた気がする。
11 : 16 : 55 | ひとりごと | page top↑
淡々
2008 / 10 / 01 ( Wed )
今月は、1-2年ぶりの知人と再開する機会がたくさんあった。
以前と変わらぬ調子で話しかけてくれる知人たちと過ごしてみて、自分自身の感じ
方、受け応えが今までとかなり違っていることに、我ながらびっくりした。

仕事や生活では「転居、転職、実績、昇進、成果」など、はっきり見える違いや変化
がない一年だったから、
「変化のない生活をしている」
と思い込んでいたけれど、内面的な変化はとても大きかったんだと、
あらためて自覚した。

たぶん、今まで「進歩」という言葉に踊らされて、波乱万丈に生きてきた人生だった
だけに、単調な生活はどこか「変化がなく、活気のないもの」と思い込んでいたのか
もしれない。

でも、世の中には、老舗の豆腐屋さんやお菓子屋さんや普通の農家のように、淡々と
した同じ繰り返しの生活の中で一生を終っていく人もたくさんいる。そうした人たち
も、実際には、やれ遺伝子組み換え大豆だ、事故米だ、水質汚染だ、自然災害だなど
といった世間の荒波の影響を受ける中で、折りに触れ、生活の変化や心の成長などが
静かに(?)促されているのだろう。

「草木のように生きる」というのは、そんな風に、
「淡々と同じことを繰り返す中で、好むと好まざるとにかかわらず、自然(世間)の影
響を受けながら、自然と共に緩やかに変化しながら寿命が尽きるまで、静かにただ生
き抜いて行く」
ってことなのかもしれないなあ…と、ふと思う。

ところで、「桃栗三年、柿八年」じゃないけれど、十分成長していない木に実がたわ
わに実ってしまったら、実の重さに耐えきれなくなって、
木そのものが折れてしまう。

人生も同じ。
時々、
「なんとしても、早くOOを成し遂げたい! それにはどうしたらいいか?!」
と、気の急いた相談を受けることがある。でも、客観的にその人の人生を見ると、準
備が調ってないから、実現しないのだということがよくわかる。
大会社の社長として、たくさんの社員の統率を取り、
大きなお金を動かすだけの力量がないうちに社長になっても、
会社ばかりか自分の生活も破たんしてしまいかねない。
望みの生活を成し遂げるだけの力量を養うために、実は、今現在の日々の生活の積み
重ねがあるということに、多くの人は気づいていない。

この頃になってようやく、
「神様というのは、実に有能な人生のパートナーなんだなあ。人生に、適度にスリル
とサスペンスを盛り込みながら、着実に私たちの人生を導いてくれる。
未来はどうなるかなんて考えなくても、その日、その時、その瞬間を楽しんでいるだ
けで、辿り着くべき未来があるなら、辿り着く時期に、
きっと辿り着いているんだ…」
と、ふわんと思えるようになっている自分に気づく…。

…ということで、いい意味で日々平和にマンネリなので、最近「ひとりごと」もネタ
不足。なかなか更新できないのはご容赦下さいね!
14 : 28 : 36 | ひとりごと | page top↑
| ホーム |