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「情け」や「善行」は人のためならず…
2013 / 10 / 25 ( Fri )
子供の頃、家や学校では、
「OOは、出来て当たり前。出来ない方がおかしい」
と言われることが多く、褒められるのはかなりすごいことをした時だけだった。

だから、「普通のこと」ができないことは、「ものすごく悪いこと。いけないこと。
努力が足りないこと。自分のせい」だと思っていた。

ところが、医者になってから、「普通のことができるのは当たり前ではない」
ことに気がついた。
病院には、食べられない人、歩けない人、しゃべれない人…などなど、
「当たり前」のことができない人がたくさんいたからだ。
彼らは人の何倍、何十倍、何千倍とがんばっても、
病気のために「当たり前」のことができない。

そこで初めて私は、
「普通のことができるのは、「当たり前」ではなく、とっても素晴らしいこと、
しあわせなことなんだ」
と気づいた。

それ以来、患者さんだけでなく、自分自身に対しても、
「こんなことができるなんてすごいね!」
と褒める機会が増えるようになったように思う。

でも、最近、柴犬ゆめちゃんの訓練をするようになってから、
「そっかー、まだまだ褒めること、当たり前じゃないことは、
こんなにもあったのかー」
と日々新たな発見をさせられている。

…というのも、ゆめちゃん、毎日毎回しっかり褒めて褒めて褒めちぎりながら、
訓練していないと、いつの間にか、こちらの指示に従わなくなり、
プイッと自分勝手なことをするばかりか、あれこれ悪さをし始めるのだ。

だから良好な関係と暮らしを築き続けるためには、
毎日朝晩「訓練という名の遊び」を続け、ボールを取ってくる毎、
オスワリができる毎に、何十回となく、
「よくできたねー! えらいねー!かしこいねー!」
と、本気で一生懸命褒める必要がある。

最初は、「毎日朝晩必ず欠かさず訓練」という習慣がめっちゃ面倒くさかった。
以前飼っていたルナちゃんは、気が向いた時、なんとなくすり寄ってきた時だけ
遊べばよかったので、とても気楽だったのだ。

ところが、しぶしぶながらも必要に迫られて、
「訓練という名の遊び」に付き合っているうちに、ふと、
「ああ、そうか!
これって私の方が「褒める訓練」をさせられているのかもしれない」
と思い始めた。

毎回、ご飯をきれいに食べきれること、ボールを持ってこられること、
お座りできること、いたずらしないこと…どれも「できて当たり前」なんかじゃない。
何百回、何千回やっても、その度にその度に、
「すごーーくエライ!! すごーーくよくできた!!」
ことだし、毎回毎回褒めている私もまた、
「すごーーーくエライ!! すごーーくよくできた!!」
なのだ!

そして、気づいたら、日々、「すごい! よくできた!」
と褒め言葉をたくさん使うようになり、
たくさんたくさん褒め言葉のシャワーを自分自身も浴びることになっていた。

いい言葉、素敵な言葉、親切な言葉、優しい言葉を使うと、
その言葉を一番聴くことになるのは自分自身だ!!…とあらためて実感。

しみじみ、
「ああ、誰に対しても優しく親切にするのは、「いい人」になるためでも、
「立派で偉い人」になるためでもない。
気持ちのいい行動、言葉を自分自身が一番多く実感できるから…なんだなあ!
それに、自分が幸せを感じられると、他人も自動的に幸せになるなんて、
一石二鳥だなあ!」
と思う今日この頃。

自分をもっともっと好きになりに、もっともっと自分を幸せにするために、
日々いい言葉を紡ぎだしていたいものだ。
(でも、実は「ゆめちゃん、NO!」って言葉もよく使うんだけどねー。苦笑)

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

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