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起こったことは最良…だったかも…
2013 / 11 / 26 ( Tue )
過去を振り返ってみると、
「あの時、ああだったらよかったのに…。
ここでこうなっていたら、違った人生だったかも…。
あの時、こうすればよかったかも…」
などと、あれこれ反省したり、悔んだり、残念に思ったことは少なからずある。

…のみならず、
「何で私ばかり…。神様のバカヤロー!!どうしてーー!? 
もう生きているのなんかヤダー!!」
などと、天に向かって悪態をつきまくったことも数限りない。

「望む未来」を得ようと、「運気が上がる」「ご利益がある」とかいう
神頼みに頼ったことも…。

それでもなおかつ、「思い通りにならない現実」を前にして、のたうちまわり、
自責の念や後悔や辛い気持ちにとらわれた時に、
よく、おまじないのように、唱えていた言葉がある。

「起こったことが最良。これでいい。
きっといつか、『なるほど、こういう理由で、こんなことが起こったのか』
と思う日が来る」

もちろん、その当時は、「起こったことが最良」なんて、信じられるわけがない。
ただ、何かの本で読んだ、
「信じられなくても、言い続けていれば実現される」
という言葉にすがって(「信じて」…でないとこが、またまたミソ)、
「起こったことが最良」と言い続けて、心の苦痛を紛らわせていただけに過ぎない。

でも、この年になってくると、次々と蒔いた種が実を結ぶように、
「ああ、なるほど…。
こういう未来が待っていたから…、こういう人生になる予定だったから、
過去でこういうことがあったのかー。
なるほど、起ったことは最良だったかも…」
と思うことにたくさん出会うようになってきた。

そんな今になってみると、
「一見不幸に見えること、思い通りにならないこと、
辛く悲しいこと…などなどすべて、よき人生を作り上げる栄養分にすることが可能」
と、実体験から言える気がする。

だからといって、辛く、苦しく、嫌なことがあった時に、無理してまで、
「大丈夫。このくらい平気。辛くない」
なんて、痩せ我慢をしなさい…なんて言うつもりはない。

ドラマのヒーローやヒロインのように、立派に清く正しく、雄々しく、
健気に乗り越える必要もない。
「嫌だ、嫌だ。辛い辛い!」と文句タラタラ、後悔どっさり、くよくよ、グルグル、
シクシクと、思いっきり落ち込んで不幸な気分でもがきながら、
なんとか日々をやり過ごせば十分!
あるいは、辛さのあまりフリーズしてしまい、自然に動けるようになるまで、
「無意味と思えるような長い時間」が過ぎ去るに任せたっていいのだ。

ともかく、なんとか日々をやり過ごし、それでもどうにも辛い時には、
思い出せた時だけでもいいから、
「起こったことが最良と思える日が来るかも…」
と呪文のようにつぶやき、自分を慰め、応援し続けてみよう。

もちろん、気休めでいいし、信じられなくていい。疑ってもいい。
「言っても楽にならないじゃん」と、文句を言ってもいい。

騙されたつもりで、この言葉を忘れずにいて、言い続けていれば、
ある日気がついたら、
「ああ、そうか。起こったことは、今になってみると、最良だったかも」
と言っている未来の自分に、辿り着くかもしれない…。
今の私みたいにね(^^)

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

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