引き際を知る
2022 / 10 / 18 ( Tue ) 先日、昔の自分をガッツリ振り返る機会があった。
昔の自分とは仕事へのスタンスと情熱が、 かなり変わってきたと自覚していたつもりだったが、 「こんなにも変わっていたのか!」 とはっきり現実を突きつけられて、愕然とした! お蔭で、 「これではもう、今までのような形で仕事続けるのは絶対無理!」 と、はっきり悟った。 昔の私は、 「生き方を模索している人がいれば、 その人が望む方向に進めるように、 とことん寄り添い、サポートしていきたい。 サポートすることが私自身の喜び」 と思っていた。 そのため、日々模索するクライアントに 自然な形で寄り添い、共感し、伴走できていた。 ところが今は、 「人が変わるには、時期やタイミングがある。 どんなに「変わりたい」と思っていても、 本人が気づいていない心の奥の奥の深い部分で、 変わることを拒絶していたり、 周りの人との人生の兼ね合いの中で 『時が満ちていない』時などには変われない。 変わらないものは変えなくていい。 変わらないように見えるものも、 時の移り変わりと共に、何か少しずつ変化していくものだ。 自然になるようになる」 と思っている。 そして、今の私のような考え方では、 模索を続けるクライアントを前にした時、 「ああ、まだ変わる時期ではないのかも…」 と感じるため、伴走に熱が入らなくなってしまう。 …とはいえ、人生を歩く途中では、 「模索する時間」 はとても重要だ。 そうした時期には、たとえ結果がだせなくても、 「結果に辿り着くまでの紆余曲折の時間、過程を体験すること」 に大きな意味や意義がある。 また、そういう時期を生きている人々にとって、 日々の出来事を共に味わい、喜び、泣き、共感してくれる伴走者がいると、 日々の時間に輝きが増し、充実することも多い。 逆に、気持ちの伴わない伴走者に出会ってしまうと、 「私が道を探し出せないのは、わたしがダメなせい?」 と勘違いしてしまい、混乱してしまうこともある。 悲しいかな、今の私には、 「ちょっとした視点を変えるアドバイス」 をする力はあっても、 昔のような「伴走する力」が全くない。 こんな私が伴走を続けるのは、 クライアントにも自分自身にもよくない。 プロたるもの、引き際が肝心。 はっきり気づいてしまった今、 「寄り添い、伴走し、サポートする仕事」 は終了と決断した。 この先は、 「たまたま縁あって『ひまわり』に辿り着いた人に、 その時、その瞬間に役立つかもしれない一言をお届けする」 ということだけに徹しよう。 |
| ホーム |
|