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淡々
2008 / 10 / 01 ( Wed )
今月は、1-2年ぶりの知人と再開する機会がたくさんあった。
以前と変わらぬ調子で話しかけてくれる知人たちと過ごしてみて、自分自身の感じ
方、受け応えが今までとかなり違っていることに、我ながらびっくりした。

仕事や生活では「転居、転職、実績、昇進、成果」など、はっきり見える違いや変化
がない一年だったから、
「変化のない生活をしている」
と思い込んでいたけれど、内面的な変化はとても大きかったんだと、
あらためて自覚した。

たぶん、今まで「進歩」という言葉に踊らされて、波乱万丈に生きてきた人生だった
だけに、単調な生活はどこか「変化がなく、活気のないもの」と思い込んでいたのか
もしれない。

でも、世の中には、老舗の豆腐屋さんやお菓子屋さんや普通の農家のように、淡々と
した同じ繰り返しの生活の中で一生を終っていく人もたくさんいる。そうした人たち
も、実際には、やれ遺伝子組み換え大豆だ、事故米だ、水質汚染だ、自然災害だなど
といった世間の荒波の影響を受ける中で、折りに触れ、生活の変化や心の成長などが
静かに(?)促されているのだろう。

「草木のように生きる」というのは、そんな風に、
「淡々と同じことを繰り返す中で、好むと好まざるとにかかわらず、自然(世間)の影
響を受けながら、自然と共に緩やかに変化しながら寿命が尽きるまで、静かにただ生
き抜いて行く」
ってことなのかもしれないなあ…と、ふと思う。

ところで、「桃栗三年、柿八年」じゃないけれど、十分成長していない木に実がたわ
わに実ってしまったら、実の重さに耐えきれなくなって、
木そのものが折れてしまう。

人生も同じ。
時々、
「なんとしても、早くOOを成し遂げたい! それにはどうしたらいいか?!」
と、気の急いた相談を受けることがある。でも、客観的にその人の人生を見ると、準
備が調ってないから、実現しないのだということがよくわかる。
大会社の社長として、たくさんの社員の統率を取り、
大きなお金を動かすだけの力量がないうちに社長になっても、
会社ばかりか自分の生活も破たんしてしまいかねない。
望みの生活を成し遂げるだけの力量を養うために、実は、今現在の日々の生活の積み
重ねがあるということに、多くの人は気づいていない。

この頃になってようやく、
「神様というのは、実に有能な人生のパートナーなんだなあ。人生に、適度にスリル
とサスペンスを盛り込みながら、着実に私たちの人生を導いてくれる。
未来はどうなるかなんて考えなくても、その日、その時、その瞬間を楽しんでいるだ
けで、辿り着くべき未来があるなら、辿り着く時期に、
きっと辿り着いているんだ…」
と、ふわんと思えるようになっている自分に気づく…。

…ということで、いい意味で日々平和にマンネリなので、最近「ひとりごと」もネタ
不足。なかなか更新できないのはご容赦下さいね!
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