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物語
2009 / 11 / 01 ( Sun )
この年になって、あらためて昔読んだ世界名作物語とか、
日本昔話などを読み直してみると、実に考えさせられることがある。

 たとえば、「舌切雀」。
 雀をかわいがるおじいさんはいい人で、雀の舌をちょん切ってしまったおばあさんは
悪い人…と単純に思っていたけれど…。
 
 実は、このおじいさんとおばあさんって、もともと超仲悪かったんじゃないの??
 だって、このおじいさん、おばあさんの意見を無視して、雀を飼い始めた上、
雀がおばあさんの仕事の邪魔をしたことは無視して、雀の肩を持ってるわけだし…。
 それに、おじいさんが、おばあさんの性格をちゃんと把握していれば、
雀を置いて出かけないよね?
 もしかすると、おばあさんの性格に問題が生じたのには、
暖かな夫婦関係を築いてこなかったおじいさん自身にも問題があるとか?!

 ちなみに、雀をコギャルに置き換えると、実に現代的なストーリーになる。

 「おじいさんは会社で仲良くなった茶髪ギャルを自宅に連れてきました。
ギャルは毎晩歌って踊っておじさんを楽しませてくれるので、
おじいさんは食事とお酒をふるまいました。
 ある日、おばあさんが仕事用に炊いたご飯をギャルが勝手に食べてしまいました。
怒ったおばあさんは、ギャル自慢の金髪をバッサリ丸刈りにして追い出しました。
 可哀想に思ったおじいさんはギャルを探しに、キャバクラ「雀のお宿」に行き、
ごちそうとお土産をもらって帰ってきましたとさ…」

 …だったら、おばあさん、怒って当然だわ…。
 
 子供の頃、かなり好きだった「小公女」も同じかも…。
 ミンチン先生にいじめられて、健気にがんばっているセーラって偉い、
いじらしい…って思っていたけど…。

 ドラマでバカバカしいくらい型通りのイジメストーリーが展開されているのを見て、
 「そっかー!! セイラ(TVドラマはこの表記ね)って、このキャラクターだからこそ、
いじめられるんだー!!」
 と、あらためて大発見!

 「貧乏にも、不幸な運命にも、みんなのいじわるにも負けないっ!」
 と「負けない」という言葉を使った瞬間、無意識に戦いを挑んだことになり、
知らず知らず「敵」を創り出してしまう。
 そして、
 「ああ、私って、どうしてこんなにグズでのろまなの…」
 と自分を卑下する気持ちがあると、相手の「責め言葉」が心にグサッと突き刺さる。
でも、自分に「非」を感じなければ、どんなに辛辣な言葉を浴びせられても、
 「そっかー…。この人、子供の頃からこういうキツイ言葉を浴びせられて育ったのね。
今でも、こうやって自分自身を責め続けているんだー。大変ねー」
 と相手の「大変さ」に感じ入ることはあっても、自分を責めることはないだろう。

 さらに、
 「どんな環境に置かれても、立派に、強く生き抜いてみせるっ!」
 と自分の限界以上に無理して頑張るから、「いい子ぶってる」ように見えて
反感を買うことにもなる…。(私もやってたよ…)

 これが違うキャラだったら、健気な根性物語は成り立たず、全く別の物語になる。

 たとえば、同級生にイジメられて水をかけられたのが、セイラじゃなくて、
さかなくんだったら?
 「わあっ♪まさに、水を得た魚ですねー。きーもちいー♪ 
ブルンブルンって跳ねまわっちゃいますぅ♪」
 とかマジで言われたら、イジメた方はフリーズして二の句が継げないかも…。
 他にも、香取くんだったら? 天海祐希だったら? 和田あき子だったら?
オードリーの春日君だったら?…
 …とめくるめくメチャクチャなキャラクターを当てはめて、
全く違うストーリー展開を頭の中でどんどん膨らませていると、楽しくってやめられなくなる。

 まあ、実際に、自分自身が大変な状況にハマっている時には、
そんなことは言ってられないだろうけど…。
 でも、現実でも煮詰まってしまった時には、ドラマよろしく、
 「もし、同じような状況に陥っているのが、別の人だったら、
どんな風に対処するんだろう?」
 と考えると、案外、とんでもなく突飛で楽しい解決方法が見つかったりするかもね。

 ちなみに、我が家では介護度がアップしている愛犬ルナ子ちゃんを相手に、
「ひまわり特養老人ホームごっこ」をやっている。
 シリアスな問題が起こっても、「ごっこ遊び」にしてしまうと、結構笑い飛ばして
楽しく介護ができる。なかなかグーだ。
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