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幼子のように・・・
2006 / 10 / 01 ( Sun )
最近、「幼子のように純真な者ほど、天国に近い」という言葉について、しみじみ考える。
 たぶん、幼い子は「これがいいよ」と言われたら、理屈なんて考えずに、素直に「言われたことを真似する」という所が天国に近いのだろう。

 でも、理屈っぽくて疑り深い私は、ついつい、
「それは本当に正しいのか。どんな理屈で、それをするといいのだろう」
と考えてしまいがち。
 でもまあ、そのお陰で、「人の意見に惑わされずに、一番自分に合った道を見つけることができた」のだから、よかったのだけれど・・・。

 でも最近では、「素直に理屈ぬきで、とにかく「いいと思うこと」を実践する」ということも大事だとつくづく思う。

 たとえば、マザーテレサのように「出会う人はすべてキリストだと思う」という生き方とか、「毎日、毎瞬間、ひたすら「ありがとう」と言い続ける」とか、「ひたすら念仏し続ける」とか、「鏡を見て自分自身に「愛してるよ」という」とか・・・。
「知っているけど、実践してこなかった良い生き方」はいっぱいある。

 そういう立派な生き方を実践している人の話を聞くと、ついつい「すごいなあ。でも、私はできない」と実行する前にあきらめの境地に達したり、「立派だと思うけど、そうすることで、本当に何かいいことがあるの?」と損得中心に考えたりしたものだ。
 
 でも、以前、鬱々とした気分をどうにもこうにも切り換えられずにいた時に、「ともかく、般若心経を百回唱えてみよう!」と思い立ったことがあった。
 心の中では、「百回読んで、どうなるものでもあるまいし…」とぶつぶつつぶやく声もあったのだが、もう一方の私が、
「だって運動したり、本を読んだり、瞑想したりして気分転換をする気力は、今はないわけだし、かと言ってボーっとしていると、鬱々とした気分に引きずり込まれちゃうんだから、それよりはましよ!」
 と言うもので始めてみたわけだ。
すると、最初は形だけの念仏が、だんだん「そうだ!これってこういう意味だった」と心が自然と伴ってきて、百回終わる頃にはとっても気分がスッキリした。

 この体験で、しみじみ、
「心が伴ってなくてもいいから、形だけでも「いいと思うことを実行する」というのは、大事なことなんだなあ。形が調うと、自然に心が沿ってくることも多々あるんだよなあ」
 と痛感。
以来、ちょっと心配になったり、ちょっと不安になったりするとき、心は伴わないままに、呪文のように「大丈夫。大丈夫」「ありがとう。感謝、感謝」と唱えることにしてみた。
 すると、しばらくすると、本当にそんな気分になってくるから、あら不思議!

 きっと、「すべてが神。天国は心の中にある」という教えなども、「どういう理由でそうなっているんだ」と理屈探しをしている人よりも、「そうなんだー」と素直に信じて行動する人の方が、早く神や天国にたどり着くんだろうなあ。

 子供のような素直さ…心がけたいものだ。

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

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