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発想の転換
2010 / 02 / 01 ( Mon )
昨年末から、愛犬ルナの介護度が徐々にアップしてきている。
およそ認知症の人がやりそうな行動は、だいたい制覇した。

 私自身、ストレスを溜めこまないためにも、「新しい事件」が起こる度、
「ぎゃー!!イヤー!!」とか、つとめて騒ぐことにしているのだが、
ある時、開かずの部屋の片隅に「カビの生えた茶色いチーズ」や「結晶化した尿素の雪」を
発見して以来、随分腹が据わった…。
「あきらめの介護」と「発想の転換」のいい訓練ってカンジ。

 徘徊は、少々ぶつかってもコケても自由にやらせておく。
ドーンと腹をくくって見守っていれば、しばらく走れば疲れてやめるか、正気に戻る。
徘徊症状を周りの人の不安や心配が煽ってしまうのは、人間の場合と同じ。

トイレも、一昨年までは、時間を決めてまめに誘導すれば、お漏らしもかなり防げた。
でも、今年はタイミング悪く声を掛けると大パニックで暴れ出してしまう。
認知症の人に嫌がることを無理強いすると、ムキーっとなって、パニックになって
大暴れするのと全く同じ(表情もクリソツ!!)。

なので、その日その時間のルナ子の精神状態に合わせて、できるかぎり対策はとるけど、
基本は「問題は起こってから対処」という方針。

ついでに、通常の清潔観念は捨てることにした。その方がラクにやり過ごせるから。
 
 水たまりを発見したら、
 「おしっこも汗も成分はほぼ同じ。これは大量の汗」
と言い聞かせ、こげ茶色のソフトクリームが落ちていたら、
「半生の堆肥を間違ってこぼしちゃった」
と言い、さらにこげ茶色のソフトを食べてしまった時には、
「家のペットは大ミミズ」or「これは半生ドッグフード」
と考え、水浸しのベッドでスヤスヤ寝てたときは、
「冬は乾燥しがち。適度な尿素入りの湿気でお肌も毛皮も潤いたっぷりすべすべ♪」
とCMソングを作り、家人が大小踏みまくって家中汚れた時は、
「縄文人なら、家の外も中も土足よね…」
と呪文のように唱える…。

最初はため息つきながらでも、言い続けているうちに、
「ま、いっか」と思えるようになってくるから不思議だ。

 ちなみに、今時の老人施設や病院では「完璧な介護」を求められることが多い。
入所者がちょっとでも転ぶと、担当者は始末書を書かされて責められる。
でも、筋力が弱った年寄りを絶対転ばせないなんて、不可能に近い。

完璧に衛生的で安全な介護を求めるなら、おむつをあてて、抑制服を着せて、
部屋に監禁するか、抑制帯でベットに縛り付けるしかない。
でも、それって確かに安全だけど、クオリティ・オブ・ライフとしてどうよって感じ。
それに、完璧を求めると、ケアされる人する人どちらも、すごい緊張とストレスがか
かって、事故が起こりやすくなるか、病状の悪化、パニックなどの別の問題が起こりやすい。

 なので、「上手に失敗させる介護」「いい意味でのあきらめの介護」はお薦めだ。
でも、現代の管理社会では「失敗はいけない!」という教育が染み込んでいる上、
「見守る介護」はかなりの手間と暇がかかる。
だから、なかなか現場では受け入れられない。

我が家も、私がフルタイムで働いていて、介護交代要員もいなかったら、
ルナちゃんがどんなに鳴き叫んで騒いでも、ケージに入れておく以外なかっただろう。
そう考えると、「本人尊重型の介護」を安易にすべての人々に薦めることはできないな…とも思う。
 
 ルナちゃんのお蔭で、日々考えさせられる今日この頃。

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

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