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価値観の変遷
2010 / 12 / 12 ( Sun )
昔のドラマをDVDで見ている。
今見ると、医療監修はめちゃくちゃだし、シーンの繋ぎ方もめちゃくちゃ。
現代のドラマ制作では考えられないくらい突貫工事の作品だ。
でも、今のドラマにはない「勢い」と「情熱」のようなものがあるから、
ついつい夢中で見てしまった…。

昔のドラマと今のドラマ、そして、浅田真央ちゃんと村上佳菜子ちゃんの
スケートなどを見比べて、最近つくづく思う。

「高度な技術で、美しく立派に体裁よく、きっちり仕上げられたものは
確かに素晴らしいかもしれないけれど、人の心を揺り動かさない。
感動は、「立派。上手」であれば生まれるものでもない。
表現する本人に「これを伝えたい! 私はこんな風に感じている!!
私自身もとても楽しんでいる!」
という熱いパッションがある方が、下手でも強く心に響くなあ」

ついでに、この何十年かで変わってきた価値観の変遷も強く感じる。

たとえば、マクドナルドのハンバーガーやミスタードーナツなどは、私が子供の頃は、
「都会の人しか食べられない、あこがれの食べ物」だった。
 
「マクドナルドのハンバーガーの中には、酸っぱいキュウリが入ってるんだよ!」
と自慢する友達がどんなに羨ましかったことか…。
友達の誕生パーティで初めてハンバーガー(ちなみに、ごくシンプルなやつよ)を
ごちそうになった時、
「こんな珍しいものを出してくれるなんて…。お金持ちのお家はさすが!」
と、すごく感動したものだ。

なのに、今じゃ、マックやミスドで、誰もそんなに感動はしない。
40年前の人たちが現代にきたら、たぶん、ごくごく普通の家の暮らしを見ても、
超特権上流階級の暮らしに見えるに違いない。
それほど、この数十年で私たちは物質的に豊かになった。
医療や科学技術も格段に進んだ。
 
それでも、人々は「まだ足りない。不足ばかり。進歩がない」と文句を言っている。
結局、どんなに豊かになり、進歩しても、それが日常になると
人は満足しないってことなんだろう。

逆に、時代の変遷と共に失われたものが、キラキラ美しいもののように
思えてくる場合もある。
中には、当時、とても煙たがられていたもの(暴走族、お立ち台ギャル、
ゴーゴー喫茶…)も、今では素晴らしいものだったように思われたり…。

「龍馬ブーム」や「戦国萌え」だって、リアルな現場で体験すれば、
規模は違うものの第二次世界大戦と中身は大して差はない。
ところが、時がたつと、「悪」も「萌え」になる。
善悪の基準なんて、そのくらい脆いものだ…ともいえる。

だから、20年も経てば、
「ニート、フリーター、引きこもり…。スピリチュアルに、萌え…
あの時代は安全で豊かだったから、ゆっくり自分の中に入って思索ができる
いい時代だったのかもね」
と言われる日が来るかもしれない。

平安時代、戦国時代、江戸時代…。海外なら、三国志時代、ローマ帝国時代、
フランス革命時代、開拓民時代…。
私たちが、いろいろな時代のドラマを楽しむように、魂たちも
「その時、その場所でしか体験できない人生」
をリアルに生きてみたくて、いろいろな時代に生まれてくるのかもしれない。
 
多分もう少しすると、次の価値観の時代に移り変わっていく
(新しい時代の子供たちが育ちつつあるから)。
どんな世界が広がっていくのか、なかなかに楽しみだ。
そして、これだけ急激に、移り変わっていく世界をリアルに体験できたのは、なか
なかラッキーな時代に生まれてこれたのかもしれないとも思う。
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