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自然を愛でる
2010 / 12 / 20 ( Mon )
子供の頃、ものすごくあこがれ、興味を持った話、ドラマ、歌…などの世界観の中には、
「人生の未来予想図」が入っているなあと、最近あらためて思う。

と同時に、子供の頃、「見たくても見られなかったドラマ」や
「やりたくでもできなかったこと」も、今客観的に振り返ってみると、
 「それを見ていたら(やっていたら)、人生の歩く方向が違ってしまう」
 からだったことが、今になるとハッキリわかる。
 できないこと、縁がなかったことは「人生にない方がいい理由」が
必ずあるんだなあ…と思う。

子供の頃、好きだった絵本に「片足ダチョウのエルフ」がある。
勇敢で強いダチョウのエルフは、森の仲間を守るために片足を失って動けなくなり、
最後に樹になる話だ。この絵本を読んで以来、
 「晩年は樹のように生きたい」
とずっと思っていた。
でも、「樹のように生きる」というのがどういうことか、
今一つ腹の底からわかってなかったけれど…。
今年はようやく、答えが見つかった気がする。

 自然は全く動かず、何一つ変わり映えもしない
ゆっくりとした時間の流れの中にいるように見えて、季節の移ろいと共に、
着実にほんの少しずつその形を変えていく。
 春には花が咲き、夏には青々とした葉が生い茂り、秋には紅葉し、
冬には立ち枯れているように見えて密やかに春を迎える準備をしている…。
 そして、何十年、何百年と同じような四季を繰り返す中で、
木々は静かに静かにほんの少しずつ成長し続けている…。

 そんな静かな人生もあり…と思いながらも、あれこれ欲や目標や関心事や
悩みがたくさんあるうちは、様々なことに心動かされて、
完全にじっとしていることができない。
 でも、関心事をとことんやれるだけやり尽くすと、何の努力も瞑想もなくても、
自然に心の中は空っぽになる。それが私にとっての「樹の人生」だったのかもしれない。

 そして、空っぽになると、「今あるもの」がそのままストンと入ってくる。
 月の満ち欠け、紅葉の移り変わり…など、自然の美しさがひときわ美しく感じられるのも、
「やらねばならないこと」「考えなくてはならないこと」が
ほとんどなくなったからかもしれない。
現代では、勉強、研究、仕事、家事、芸術、テレビ、映画、本、ショッピング、遊び…と、
心揺り動かされるものがたくさんある。それは豊かさの一つではあるけれど、
そうしたものがない時代の方が、じっくり自然を満喫できたのかもしれないなあ…
なんて思ったりもする。
逆に、今の時代、ゆっくり自然を満喫できる状態にいるということは、
相当豊かなことなのかもしれない…ともいえるのかな?
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