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すでにある幸せ
2011 / 12 / 19 ( Mon )
「いろいろな人生を繰り返し生きる輪廻転生」のドラマを見た。

一つの人生を生きる度に、「次はこんな人生を生きてみたい」と考え、
望み通りの人生を生きたものの、望みが叶ったら叶ったで、
また次の欲望が生まれてくる…というのが人間なんだなあと、あらためて思う。

たとえば、古代に生きて、
「水くみが大変な人生だったから、水くみをしないで生きられる時代に生まれたい」
「食べ物に困らない時代に生まれたい」
「戦争のない時代に生まれたい」
「奴隷のようにこき使われずに済む時代に生まれたい」
などの願いを抱いた人が、現代に生まれたとする。
古代に生きていた時は、
「今の願いが叶ったら、どんな幸せな生き方ができるだろう♪」と夢見るけれど、
そういう人たちが現代を生きたからといって、必ずしも幸せになれるとは限らない。

「水、食べ物、平和、自由」などが、当たり前のように得られる時代では、
裕福な人は「安全でおいしい水、贅沢な料理、
「のんびり豪勢に遊び暮らせる生活」などを持っている。
そういう人達と自分の暮らしを比べて、「なんて不幸なんだろう」なんて嘆いて
不満いっぱいで一生を終わってしまったりするものだ。

そんなこんなで、「私自身は、どんな体験がしたくて、今のこの人生を選んだのかな」
と考えてみると、
「気が付かなかったけど、身の周りにはいろいろな幸せがあったんだなあ」
と感じる。

まず、「職業はカウンセリング」というのは、なかなかいい選択だった。
なぜかというと、公的な「大きな視点」と私的な「小さな視点」の使い分けが
自然にできるから。

たとえば、普通の人が、
「ピーマンは嫌いだから家では食べないけれど、外で供された時には残さず食べる」
というような感覚で、好き嫌いの線引を使い分けられる。
お蔭で、人や物事に対する距離感を取りやすい。
たとえば、こんな感じ。
「暴力をふるったり、意地悪をする人は嫌いだから個人的には付き合わないけれど、
どんな人にもそれぞれの事情があるのは理解できるから、
職業人としては暖かく受け入れる」
…とか。

たぶん、「優しいいい人間でありたい」と思う人の中には、
「すべてのものを包み込める包容力がなければ…」
と思うあまり、大きな視点に立っている時だけでなく、個人的で小さな視点でも
「すべてを受け入れて、感謝できるようにならなくちゃ」
と無理をして、生きづらくなっている人は少なくないはず…。

「大きな視点で見れば受け入れられるけど、小さな視点で見たら受け入れられない」
というスタンスもあり!と思えるとずいぶんラクなんじゃないかな?

ちなみに、「立派で、素晴らしい生き方をする」という目標のために、
「優しく、愛に溢れた人になる」と決意すると、
途中でコケたり苦しくなったりしやすいものだ。

「優しく、愛に溢れた状態」を長くキープできると、その心地よい状態の恩恵を、
自分自身がなにより一番たくさん受けることができて、超ラッキー♪ 
だから、自分にも人にも、なるべく一番愛に溢れた対応をする!
そんな生き方をしている人を、他人が見ると、
「おお、素晴らしい羨ましい生き方だな」
と思われたりする。
…みたいなスタンスだと、ラクだよねー。

そう考えると、「天につばを吐くと自分に返ってくる」っていうのは、
「恨み、憎しみ、いじわる…」などの負の感情を周りに浴びせている人は、
たとえ、誰かから仕返しをされなくても、
「年がら年中、自分の心の中は、心地悪い負の感情で溢れている」
という状態でいつも過ごしているわけ。
だから、毎日大変!自分が変わらない限り、そのスタンスから脱出できない。

ちなみに、いろいろな宗教で、
「人を不幸に陥れる人は、罰を与えられずとも、すでにもう罰を受けている」
っていうのは、そういうことなんだろうなと思う。

ただ、心優しく過ごすより、怒ったり、悲しんだりしている方が楽でスッキリできるなら、
無理して優しくしようとするより、心のままに怒ったり、悲しんだりしている方が
心地よかったりするかもね。

それから、諸外国の生活、思想事情などを知ると、
「日本って、結構いいかも…♪好きかも…♪」
とも思う。

たとえば、「貧乏だから、手術は受けられない」
「家族の医療費、生活費、学費を工面するために、臓器を売るしかない」なんて、
シビアな状況は海外ほどには発生しない。
人生がシビア過ぎると、乗り越えるのは大変だ。
壁は高すぎると、「乗り越える!」という目標も持つ気にならないし、
乗り越える前に挫折しがち。壁はそこそこの高さがいい。

また、妊娠中に子どもに障害があることがわかったら、
必ず中絶してしまうような国では、
「障害があっても、こんな素晴らしい才能を開花して、人生を謳歌しています」とか、
「染色体異常のため、長く生きられないけれど、両親の愛を一身に受けて数年を過ごせた。
両親は、これ以上ないくらい濃密な愛を注ぐことができた」
という体験はしにくい。

障害を乗り越え、花開く人生を生きるには、暖かく受け入れられる面と
拒絶される面がバランスよく存在する国に生まれることがベストだ。
そういう点では、日本という国はとてもいい。

また、英語などの他の言語に比べて、日本語にはたくさんの曖昧で
微妙な表現がたくさんあるから、細かいニュアンスまでいろいろ感じ取ることができるし…。

そんな風に、あれこれ考えていると、
「今の人生って、なかなか面白くて、自分好みかも…」なんて思う。
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