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おばあちゃんの心
2006 / 12 / 23 ( Sat )
先日、TVで「伊勢大神楽」の伝統を守ろうとする青年のドキュメントを見た。

 「伊勢大神楽」は、伊勢参りに行けない人たちに神の功徳をお裾分けするために始まったものなんだそうだ。獅子舞、曲芸を中心にした神楽を舞いながら、家々を回ったり、各地の氏神様の祭りで奉納舞を舞ったりするらしい。400年続く伝統芸能なのだが、後継者がいなくて廃れようとしているのだとか。そこで、一念奮起して伝統を継ごうと決意をした青年の活動を追う・・・という内容だった。
 
 伝統の神楽舞や青年の活動はもちろん感動だったのだけれど、何より心揺さぶられたのは、「昔から毎年、親、子、孫三代で、獅子舞を家にお迎えしている」という古い家のおばあちゃんの姿。
 獅子舞を前にして、
 「神様、今年も無事に一年を過ごさせていただきました。本当に、本当にありがとうございます・・・」
と、額を床にこすりつけてひたすら平身低頭するおばあちゃんの背中を見ていると、まるで「本当の神々しいばかりの獅子神様がいらっしゃって、おばあちゃんを祝福している」ように感じられて、涙が溢れて止まらなくなった。
 おばあちゃんに手を合わせられ、感謝された青年は、
 「この仕事を始めて、『僕のやっていることはほんのちっぽけなことかもしれないけれど、僕みたいな人間でも生きていていいんだ』と生きる勇気がわいてきたんです」
 と語っていた。

「相手に向かって祈ることで、相手を神仏にする人」
 というのは、まさにあのおばあちゃんの様な人のことをいうのだろう。

 以前、玉三郎が「江口」という曲で西行法師を舞うのを生で見た時に、祈っている玉三郎の心の中に光り輝く普賢菩薩の姿が見えたことがあった。でも、今回はビデオなのに、玉三郎の時以上にはっきりした神の姿がおばあちゃんの心に見えた。・・・ということは、生でおばあちゃんの姿を見たら、きっと、もっともっと圧倒的な神の姿が見えたに違いない。

 「本当の賢人とは、普通の日常の中でひっそりと生きている」
 という言葉を今回ほど、ひしひしと感じたことはない。あのおばあちゃんはいったいどんな人生を送ってきた人なんだろう??

 今回のTVを見て、つくづく思った。
「神のようになりたいと自分の心を磨く」よりも、「すべてのことの中に神を見つけて感謝する」方がずっとずっと大きなパワーをもたらすことができるんだなあ・・・。
 おそるべし!普通のおばあちゃん!!
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