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昔のドラマ
2007 / 02 / 04 ( Sun )
昔のドラマ「星の金貨」を十数年ぶりに見た。
当時、相当夢中になっていただけに、タイトルバックと主題歌が流れた途端、感情が込み上げてきて、涙が止まらなくなった。が…、その割に、細かいストーリーはすっかり忘れていた!
「あー、こんな事件、起こった気もする・・・。えー! こんな衝撃的な話があったっけ?? なんで忘れてたの?!」
自分の記憶のあやふやさにびっくりしてしまった。
それだけじゃない。私の記憶の中で、勝手にストーリーを変えていた部分もあった。

さらに、この十数年間で私自身の考え方が変わったため、ドラマを見ていて感動する部分が違ったり、違う受け止め方をしていることにも気づいた。
例えば、入水自殺を図るシーンを見た時、昔は、
「相手の幸せを願って死のうとするなんて…それだけ愛が深いってことよね」
と感動していたけれど、今は、
「いくら相手の幸せのためでも、命を犠牲にしてしまったら、残されたものは大きな十字架を背負って苦しむことになるよなあ。これって、残される者にとっては、「私を愛してくれないなら、死んでやる!」と、狂言自殺を図られるのと、背負う重荷の大きさは同じかもしれないなあ。
あ、でも、まてよ…。相手の性格によっては「不器用ながらも精一杯愛してくれてありがとう」と、しっかり感謝の気持ちで受け止めるかもしれないよね。そういう人にとっては、「重荷」にはならないかあ…。
ようは、本人の考え方次第かー」
と考えさせられた。

また、私の記憶の中には「すごく嫌味なキャラ」として残っていた登場人物が、今回見直してみて「こんな過去を持っていたから、こうなったのね。この人も一生懸命生きていたのね。きっと、この人を主人公にしたら、別の物語ができるわよね」と思えたり…。

 たぶん、自分自身の人生に起こった「ドラマ」も同じなんだろう。
「あの時、こんな事件が起こって、こんな気持ちになった」
 と自分では「確かな記憶」だと思っていることも、時間をさかのぼって、もう一度その「当時の出来事」を客観的に見直してみたら、
 「え、これってこんな出来事だったかしら? 私は間違って記憶していたの?」
 ということもあるだろうし、
「この出来事は、私にとってこういう意味があったけど、別の人にとってみたら、こんな意味があったのね」
 と別の視点で見ることができるかもしれない。
「あの時は、こう対処するのがベストだと思っていたけれど、今考えるとこうした方が、ややこしいことにならなかったのかもしれない」
 と別の選択肢が見えることもあるだろう。
 
 記憶というのは、自分自身の中で繰り返し繰り返し反芻した出来事なのかもしれない。そして、「自分にとって大切な意味や感情を伴わない出来事」は反芻しない。反芻しない出来事は記憶に残らない。だからこそ、長い長い年月の間に残っていく記憶は、いろいな意味で「自分にとって大切な深い意味や感情」を伴っているものだけなのかもしれない。

 そして、はっきりした記憶は失われたとしても、記憶と繋がる「象徴的なもの」を目にした時には、その時に一番強く感じた大切な感情が甦って、
「なんだかわからないけれど、悲しくて涙が止まらない」
「わからないけれど、嬉しくて心が強く揺さぶられる」
 などという思いに駆られるのかもしれない。
 認知症になってすべての記憶を失った人や記憶喪失の人でも、人生の思い出の場所や思い出の音楽に触れたりすると、感情だけはしっかり甦ってくることがある。それは、大切な思い出が魂のどこかに刻み込まれているからなのかもしれない。
 そう考えると、過去に特別な体験をしていないのに、妙に心が揺さぶられることは、もしかすると、記憶として頭には残っていないけれど、魂の中に刻み込まれた大切な大切な前世の思い出と関係があるのかもしれない。

 さらにもう一つ、ドラマを見直していて思ったこと。
 ストーリー設定としては、「冬のソナタ」と「星の金貨」はある意味似ている。なのに、「冬ソナ」にハマらなかったのは、なぜだろうということ。
どうやら、ストーリー設定だけでなく、根底を流れている感情、登場人物の性格設定、セリフの違いなどの微妙なニュアンスの違いの中に、自分のツボにハマる、ハマらないがあるらしい。そして、ツボにハマった部分というのは、自分の人生と被っているようにも思う。

 十数年たった今、ドラマと自分の人生を見比べてみると、メインのストーリーは全く違うにもかかわらず、根底に流れている感情、セリフ、出来事に対する反応のパターンがものの見事に今までの自分の人生と一致している。
「うわ・・・。ある意味、このドラマ、私のその後の10数年を暗示していたわ・・・」
という感じ。
逆に、自分の人生と一致してない部分に関しては、どんなにドラマチックな内容でも全く記憶に残ってなかった。

 おそらく、ドラマや映画だけでなく、自分が心惹かれる小説、マンガ、歌などの中にも、自分の人生の「未来予想図」のようなものが入っているに違いない。ならば、とびっきり心惹かれる本、ドラマ、歌などを大切に取っておいて、死ぬ直前にもう一回見直してみたいものだ。きっと、
 「なんだー! 私の人生の未来予想図は、こんなところにあったのに! どうして気がつかなかったのだろう!」
 と苦笑することが多々あるに違いない。

 また、死んだ直後には、自分の生きてきた人生を走馬灯のように振り返ることができると聞く。人によっては「自分の失敗や嫌な出来事を見せられるなんて辛すぎる」と思うかもしれないけれど、私はとーーーっても楽しみだ。
 なせって、私の人生は、どんなによくできた映画や小説よりも、ずっとずっと面白くて波乱万丈で自分好みだったと思うから・・・。きっと、「自分の人生ドラマ」を見ながら、
「あー、惜しいな!ここはもうちょっと、こんな風に工夫できたのに! こっちももうちょっとドラマチックにできたかな。
ああ、そうそう! これは超感動だったんだよねー!! うーん、今、客観的に見ても、涙が出てきちゃうなー!」
なんて、めちゃくちゃ楽しめるに違いない。

そのためにも、死ぬまでの間、できるだけ面白おかしく楽しく感動的に過ごさなくちゃね。
本当に、十年一昔…とはよくいったものだ。
 たまには、昔のドラマを見てみるのも悪くない♪
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