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プラスとマイナス
2007 / 04 / 18 ( Wed )
先日、NHKの日曜美術館で「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の特集を見た。
今来日している彼の代表作「受胎告知」は当時としては、最高の技術と斬新なアイデアをもとに描かれたものだけれど、全く評価されなかったのだそうだ。
でも、そのお陰でダ・ヴィンチは一介の画家にとどまることなく、幾何、建築、彫刻、自然科学…といろいろな方面で多彩な才能を発揮することができたとか。

世の中を見ていると、「才能の有無」と「世間に評価されるか否か」ということは別問題だということがよくわかる。どの世界にも、
「これだけの才能ある人が、なぜ世間では理解されないのだろう」
という人がいる。
もしかするとそれは、ダ・ヴィンチのように才能がありすぎるあまり、時代の先を行きすぎていて、人々に理解できないからなのかもしれない。あるいは、世間の注目に振り回されずに、自分の才能を余すことなく自由に発揮するためなのかもしれない。

「人から認められない」という世間から見たら「マイナス要因に見えること」がダ・ヴィンチという天才を生んだのなら、それはまさしく彼の人生にとって大切な「プラス要因」だったのだろう。

ところで、最近、受験生を持つ親御さんたちが「受験に失敗したら、人生の落伍者」と言わんばかりに、「勉強、勉強」と言っているのが気になる。
でも、親が「落伍者」のレッテルを張っている子供たちをよくよく見てみると、
「ああ、この子は受験では遠回りでも、人生では近回りをしているんだな。普通の人が大人になって経験する「人生の躓き」を子供のうちに経験して乗り越えて、よりよい人生を歩こうとしているんだ」
と感じることが少なくない。

親からみたら「子供の人生にとってマイナス要因」に感じられることの多くは、実は「子供の人生最大のプラス要因」になる可能性を秘めている。
だから、親は「子供の人生に不幸が起こった」と嘆き悲しむ必要は全くない。
「この経験は、こう活用すれば、あなたにとって最高の強みやチャンスになる」
ということを教えれば、子供はピンチをチャンスに変えて力強く生きていくものだ。

世間の目を気にして、無理矢理強制的に勉強させて、現役で足並みそろえて、立派な学校に入るよりも、少々遠回りしても、
「自分らしい楽しい素敵な道を選べたなあ」
と思える方が、私は素敵な人生だと思うのだけれど・・・。
でも、そうは思わない人も世の中には多いみたい。
 
ある人がこんなことを言った。
「強制されるのは嫌だけど、強制されないと何もやらなくなってしまいそう。それに、強制されると、なんだか頑張っているようで安心。強制されることに慣れてきた人間にとって、「好きなように自由に生きていい」といわれるのは、いきなり補助輪のない自転車に乗らされるような不安を感じる」

 どうやら、多くの人は
「自由になったら、自分はどんどん怠け者になって、どんどんダメな人間になってしまうかも・・・」
 と思うらしい。
たぶん、自由になった時に、「自分の力で、「自分」を生かす自信」がないのかもしれない。だから、「こういう生き方をすれば、あなたは必ず幸せになれる!」という保証書付きのマニュアルに沿って生きた方が安心なのだろう。
そうすれば、人生に失敗したときに、
「あのマニュアルを書いた人が悪い」
と誰かのせいにすることができる。

自由に生きるというのは、案外とても難しくて苦痛なことだ。自分の人生すべてに自分で責任を取らなければならないから…。だったら、少々不自由でも、世間が提案してくれる「こういう生き方が理想」という枠の中に納まっている方が楽なのかもしれないね。
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