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すべてを手放す
2007 / 05 / 07 ( Mon )
 お能の素人会が終わった。
 今回の私の課題は、「すべてを手放して「無、空」になり、そこに自然と湧き出てきたものだけで舞う」こと。
 これがなかなかどうして難しかった!

 「重心がずれないように。きれいな形になるように。ここはこんな風に表現したい」
と欲が次から次へと出てきて、捨て切ることができない。
 結局、「たかが舞台」なのだけど、真剣に取り組むと「人生で培ってきたものすべてを手放せる勇気」が求められるということに気がついた。
 
でも、「今までの人生のすべてを手放す」のは半端でなく大変だ。
普通の人の場合、まず「辛い過去」「トラウマ」などが「手放したくても手放せないこと」の筆頭に挙がるだろう。辛くてショッキングな体験ほど、「手放せば自分自身もラク」とわかっていても、十分消化しないことには手放せないものだ。
ただ、幸いなことに私の場合、「苦しい過去」は商売柄、ほとんど清算済みだから問題はなかった。

難しかったのは、むしろ「大切なもの」への執着心を手放すことだった。
家族、友人、仕事、大切にしてきたもの、幸せな思い出、自分が培ってきたもの、誇りに思うもの、今日の生活の糧、健康な体…。
そうした「大切なもの」を手放すことの方が「嫌なもの、苦しいもの」を手放すより、実ははるかに難しい。

ある意味、大病を患うとか、記憶喪失になるとか、火事や地震などで持ち物一切を失うとか、リストラされるとか、死んでしまうとかで、強制的に手放さざるを得なくなる方が手放すのは楽だ。
 自分の決意一つだけで、一切合財の大切なものを手放すのは相当の勇気がいる。

 昔、「清く正しく美しく、一つも間違いを犯さないで生き抜こう」と真剣に思って生きていた時、「矛盾に満ちたこの世の中で生きるためには、この生き方では生きられない」と気がついたことがある。
「今までの生き方を最後まで貫くなら「死ぬ」しかない。生きていくなら、今までの生き方すべてを否定して、泥にまみれる覚悟をするしかない」
 そうわかった時、私にとって「生きる」選択をすることは、それまで生きてきた自分のすべてを否定することのように感じられた。だから、生きながら殺されるような絶望感に打ちのめされたものだ。
 ある意味、今回も似たようなところがあった。でも、手放すものの量は前回よりはるかに大きかった。そのため、数年がかりの作業になった。ただ、前回の経験があるので、「今までの生き方を手放すことは、自分を否定することではない」と思えたのは、楽だったかもしれない。
 
 でも、こうして今振り返ってみると、自分の生き方を拘束しているものは、良いものであれ、悪いものであれ「過去に自分が積み上げてきた結果」であり、「未来で自分が何を積み上げるかという期待」だったのだなあと思う。
 だから、「過去」や「未来」に関する執着を、良いものも悪いものもすべて完全に捨て去って、「私は誰なのか」ということすら忘れるくらい「今に存在するだけ」になると、本当に自由で身軽になる。

 だからこそ、生まれ変わる時には、わざと記憶をすべて無くすのだろう。
 記憶がなければ、過去にとらわれることなく、新しい人生を掴み取ることができるから。

 それに、たかだか何十年の人生の中で、培ったものだけでも捨てるのが難しいのだから、もし、三千年も大切にしてきたものをある日突然失ってしまったら、気が狂うほどの絶望感にとらわれるに違いない。
 そう考えると、何十年分くらいで、人生を区切って整理できるのはいいシステムだ。数年ごとに引っ越しをするようなものかもしれない。

 そんなこんなで、舞台に立つことを通じて、人生すべてを手放せるくらいの覚悟ができたのは、本当にいい機会だった。

ところで、今回、いろいろな人の舞台を見ていて、つくづく「存在そのものの力」というのは偉大だなあと思った。舞台に現れた人が変わるだけで、その人が何もしなくてもその場の空気がはっきり変わるのだ。
たとえば、全く同じ部屋でも、薔薇を飾るのと、かすみ草を飾るのと、観葉植物を飾るのでは全く部屋の雰囲気が変わるのと似ているかもしれない。
結局、無になっても、私自身の「存在」が醸し出している空気はなくならないし、何も考えなくても、舞の手順は出てくるわけだし、場面に応じた情感も勝手に湧いてくる。それこそが「存在の本質」なんだなあと、しみじみ思う。

おまけ。
後日、舞台のVTRを見ていてびっくり!
なんと、プロの先生方の謡にまぎれて、天使の歌声(?!)のようなものがかすかに入っていた!! 男性の低い声とは全く違う「音程も正確で、ソプラノで澄んだ聖歌隊の女性のような歌声!」こんなことってあるのね…。もしかして、「倍音」ってやつ? でも、せっかくだから、天使の謡だと思っておこう! その方が、嬉しさ倍増だもんね。
天使の謡を聞いた人なんて、そうそういないよね。なんてラッキー!
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