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チャンスの女神の采配
2007 / 05 / 16 ( Wed )
宝塚を受験する少女達のドキュメント番組を見た。
印象深かったのは、「必ずしも、すごいオーラを持っている子が受かるわけじゃないんだ」ということ。まあ、VTRではオーラというか「気」のようなものが半減して感じられるから、本人達を目の前にしたら、また違って感じるのかもしれないけれど・・・。

でも、落ちた子達が、
「これで逆に、私にはたくさんの可能性が広がったのだと思います。宝塚だけにこだわらず、いろいろな方向から舞台に立つ可能性にチャレンジしてみようと思います!」
と次の新しい目標に向かっていくたくましい姿を見て、
「ああ、そうか。本当にブロードウェーとか、世界の檜舞台に立つような子は、宝塚にとどまらず、大きく羽ばたいていくために、大きな挫折を一度味わい、それをバネにして本当の目標に達する…という人生を歩く子もいるんだろうな。
そういう子は、宝塚に合格してしまったら、世界への可能性が閉ざされてしまう。だから、たまたま体調が悪くて本領が発揮できなかったり、試験管との相性が悪かったり、宝塚のカラーに合わないように見えたりして落ちるんだろうな」
と納得した。

私も昔、演劇をやりたくてオーディションのようなものを受けたことが何度かある。落ちると、自分自身のすべてが否定されたように感じて、しばらく立ち上がれなくなったものだ。
でも、今考えると、オーディションは「使う側にとって、一番使いやすい人物。一番イメージに合った人物」を選ぶのであって、必ずしも才能のあるなしを見るものではない。それに、コネや裏工作なども当たり前にまかり通っている。
大人になってそうしたことを知ってからは、「なーんだ。そんなに落ち込まなくてもよかったのに。悩んで損した!」と客観的に見られるようになった。

また、よくよく考えてみると、私は「ここぞ!」と思うときには、ものすごくあきらめが悪くて、死に物狂いで頑張る性格だ。なのに、あの時、がむしゃらに「何度落ちても頑張る!!」と思えなかったのは、「死ぬ気で頑張りたいほど演劇に執着していなかったから」と今なら断言できる。それに、もしかすると「医者になって講演という舞台に立つ人生を歩こう!」と潜在意識が方向指示器を出していたのかもしれない。

人生というのは面白いものだ。
本当に「ここぞ!」と思うときには、知らないうちに頑張っていたりする反面、「こっちの方向じゃないな」と潜在意識でわかっているときには、「よくわからないけど、なんとなく頑張れない。私って根性なし?」と思うこともあるのだろう。

ならば、
「私はあの人みたいに頑張れない。なぜだろう?」
と思ったときには、「もっと頑張らなきゃ!」と自分を責めて鞭打つ前に、「私はあの人たちとは違う道を歩くのかも?」と自分に問い掛けてみるのも一つかもね。
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