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心地いい場所
2007 / 07 / 03 ( Tue )
 よく見る夢がある。
子供のころに住んでいた古い我家の二階で、吹き抜ける風を楽しんでいる夢。もっとずっと小さい頃は、「磨きこまれた黒い床板が張られた数寄屋造り(?)の部屋から、四季折々に移り変わる庭の景色を眺めている夢」をよく見た。でも、残念ながら数寄屋造りの家には住んだことがない。なので「あれは、前世で一番幸せな時に住んでいた家に違いない」と勝手に思っている。
ちなみにどちらも、私にとって「最高に心地いい場所の象徴」みたいだ。

ちなみに、私は今の住居にも、「ひまわり」にもそれなりに満足している。でも、心というものは、「持ってないもの」を求めたがるようで、
「昔の家の二階に住みたいな」
「夢に出てくる日本家屋に住みたいな」
なんて思ってしまう。

でも現実に住んでみたら、きっと「隙間風がぴゅーぴゅー吹いて寒い! トイレは外に合って汲み取り式だし、水は井戸から汲んでこなきゃだめだし、夏はエアコンがないから、ものすごく暑いし…」とか何とか、不都合なところに目が行って、「今住んでいる自分の部屋」を夢で見て、「あそこの暮らしはよかった」と思うに違いない。

「心地いい場所」というのは、実は「実際の場所」というよりは、「心地いい場所で感じる心の感覚」なんだろうと思う。
安心で、温かくて、爽やかで、気持ちよくて……って感じ?

「最高に心地いい場所」の夢を見られるのは、自分の心の中に、ちゃんと「心地いい場所(状態? )」が存在しているということだ。常に心の中にその「最高に心地いい場所(状態)」を保っていられれば、「心地いい場所」を外に求める必要は全くない。

…でも、人間ってものは、「形として存在してないもの」は、なかなか「存在している」という実感が持てないものだ。だから、「形あるもの」を外に求めてしまうのかも・・・。
ところが、「形」を手に入れても、実際にずーっと心地いい状態にいたら、それはそれで、その状態に慣れてしまってありがたみを感じなくなってしまいやすい。
だから時々、ブルーな気分やちょっとした不幸や喪失感を味わって、「ああ、私って、あの時案外幸せだったのかも…」と確認しているのだったりして…。

あるいは、「こういう暮らしがしたい!」というのは、自分が目指す人生の究極のゴールで、そこに到達してしまうと人生ゲームが終わってしまうから、なんとかあれこれゴールに着くのを引き延ばして、楽しめるだけいろいろな経験を楽しんでいるのかもしれない。

TVゲームだって、何の苦労もなく、何のイベントもなく、あっという間にゴールにたどりついてしまうゲームなんてつまらない(…あ、楽しい人もいるか…。単純ですぐ終わるゲームが好きな人もいるもんね。でも私はロールプレイングゲームとか、推理ゲームが好き。あまりにもハードアクション・テクニックが必要なゲームは嫌だけど)。いろいろな隠しキャラが出てきたり、いろいろな宝物をゲットしたり、ハラハラドキドキ苦労があって、なかなかゴールにたどり着かないからこそ面白い。
人生だって同じ。
ネットの中の仮想世界で、自分の分身に違う生活をさせるのを楽しむ人がいるように、もしかしたら、天界にいる「自分の本体」は、この世という世界に「自分」を送り込んで自分のお気に入りの「人生ゲーム」を楽しんでいるのかもしれない???
 …なーんて考えると、目の前の「大変」を乗り越えたり、悪役キャラに立ち向かうのがちょっと楽になって、「最後にはバラ色のゴールに辿り着ける可能性がある」と信じやすいかもねー(笑)。
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