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日々のあれこれ
2007 / 08 / 17 ( Fri )
 以前は「未来がわかったら、安心なのに」と思うことが多かったけれど、最近は「未来がわからないって、楽しいことだなあ」と思う。

 たとえば、車を手に入れることを考えてみる。
 まだ車を手にしてない時には、
 「こんな車が欲しいな。あ、あの車もいいかも…」「もしかして、誰かが車をプレゼントしてくれるかも」「景品で車が当たったりして」「高いから、一生車なんかには縁がないかも…」「車が手に入ったら、あそこも、ここも出かけよう」「毎日きれいに洗車してあげるんだ♪」・・・
 なんて、ワクワク夢が膨らんだり、「ダメかも・・・」とがっくり落ち込んだりと、どんな形でも想像を膨らませて楽しむことができる。ワクワクも、がっくりも、現実になっていない時だけ楽しめる「想像(創造?)の楽しみ」だ。

 ところが、現実に車を手にしてしまうと、「やっぱり、あっちの車の方がよかった」「洗車って面倒」「渋滞が多いから車って案外不便」「税金や車検など維持費もバカにならない」などなど、現実的なことばかり目に入って、ワクワクがなくなってしまうことも少なくない。それに、「現実」になってしまうと、おいそれと変えることも難しい。

 「どうなるかわからない未来」は確かに不安もあるけれど、反面、いろいろな可能性と、想像(創造)と選択の余地がある。一見嫌な感情と感じられる「不安」だって、現実になっていないからこそ感じられる体験だ。
 だったら、その時しか感じられない「不安」や「期待」という感情を楽しんでみるのも、面白いかもしれない。案外、「現実」になったときより、ずっとずっと楽しい時間が過ごせるかも…。
 
 話は変わる。

もうすぐ弟のところに第2子が生まれるもので、出産にまつわることをあれこれ考えるチャンスが多い。

医学の発達のお陰で、母子ともに危ない時には、薬や手術で手助けすることができるようになり、助からない赤ちゃんも助かるようになった。それは素晴らしいことだけれど、反面、親や病院の都合で、計画的に効率よく楽に産むために、無痛分娩、帝王切開を選ぶケースもあるみたい。
これって、子供の方から見たら、「いい迷惑」ってこともあるんじゃないかな。

胎内記憶を持っている子供の中には、帝王切開で生まれた時のことを「もう少しのんびりしようと思っていたのに、いきなり、頭にメスの刃が当たって、まぶしくなって、無理矢理外に出された」と語ったり、陣痛促進剤を使われた時のことを「首にへその緒が絡まっているから、なんとか外そうと四苦八苦してたら、いきなり強く押されて、酸欠状態になって、命からがら外に出た」と語ったなんて話も聞く。

自然な分娩開始は赤ちゃんからの「準備ができたよー」という合図。合図がないってことは、赤ちゃん的にはまだ出てくる気がないってこと。そして、陣痛がなかなかつかない時には、赤ちゃん自身が絡まった臍帯を直していたり、産道に合わせて頭の大きさを調整したりと工夫しているから・・・ということが多いんだそうな。
いろいろな角度から見てみると、何事にも「そうなる理由」っていうのがあるんだよね。

また、自然な陣痛は必ず収縮と弛緩がある。子宮が収縮しているときは、お母さんも辛いけれど、赤ちゃんも酸素不足になって苦しい。弛緩しているときに、お母さんが深呼吸してたっぷり酸素を吸うことで、赤ちゃんもゆったり深呼吸できる。
でも、陣痛促進剤で無理矢理人工的な陣痛を起こすと、収縮ばかり強くて、子宮がゆったり弛緩する暇がなくなりがち。こうなると、赤ちゃんは常に酸欠状態になってしまう。この時、無痛分娩だと、お母さん自身はのんびりラクチンだけど、赤ちゃん一人だけは何時間もマラソン状態にさせられることになる(赤ちゃん、かわいそう…)。

でも、今時の産院は、お医者さんも親御さんたちも、「大人の都合」だけ考えて、赤ちゃんがどんな思いをしているかについて、考えない…というより、考えが及ばないことが多いんだろうなあ。
知らず知らずとはいえ、生まれてくるときから親の都合を強いられてきた子供は、成長のいろいろな段階で、やはり知らず知らず親の都合を押し付けられることが多くなるのだろう。そして、思春期になって、「親の敷いたレールの上を歩かされてきた」と気がついて、親曰くの「問題行動」を起こすんだろうなあ…なんて思ってしまった。

でも、もしかすると、生まれてくる赤ちゃんの方が、帝王切開や人工的なお産を選ぶケースもあるかもしれない。
前世で、生まれるときにものすごく大変だった記憶のある魂などは、
「帝王切開なんて、楽な生まれ方があるんだったら、その方がいいや。医学が発達していない時なら、そういう選択肢はなかったけど、どうせ現代に生まれるなら医学の恩恵にあずかる人生の始まりもいいよね」
なんて考える子もいるかもしれないし、
「陣痛促進剤を使うと、さっさと出られるらしい。すっごく苦しいかもしれないけど、その分、苦しむ時間が短くて済むなら、それもいいかも。どのくらい苦しいか、怖いもの見たさにやってみよう」
なんて、ジェットコースターにチャレンジする気分で、陣痛促進剤を使ってみたがる子も絶対いるに違いない(でも、「やっぱり、いいことばかりじゃなかった。自然な方がよかったかな」と後悔することもあるかも…?!)

そうなると、どういうお産がいいとか、悪いとかはなくて、すべては両親と子供の選択次第ってことになるんだろう。

ただ、私としては、帝王切開や陣痛促進剤などの利点欠点をお母さんの立場で考えるのと同じくらい、お腹の子供の立場でも考えた上で、その時々のお母さんと子どもにとって一番楽な方法を選択したらいいのになあ、なんて思う。

ところで、パニックになったり、うつになったりしている人を何日間か、ひたすらこんこんと眠らせると、嫌なことや大変なことが自然に整理されたり、どうでもよくなったりして、前向きに歩きだしやすくなることがある。

それと同じで、生まれる前に「お腹の中で、ひたすら多くの時間をこんこんと眠り続ける」という時間は、魂にとって、いらない前世の記憶を完全に消去して、まっさらな状態にリセットする時間なのかなあ、とふと思う。

前世のことを知りたがる人も多いけど、知らない方がいいから覚えてない人が多いのかもしれないし、今までと全く違う人生を歩くには、前世の記憶などない方が都合のいいことも多いに違いない。

ついでに、子供が生まれるとき、親は子供と一緒に自分の人生をもう一度新たにリセットしてやり直すチャンスを与えられているような気がする。
子供の成長を通して、自分の人生をもう一度客観的な目を通して振り返り、新しい親自身の人生が創れたら素敵かもね。
でもその時、親自身が「自分の人生をリセットしよう」とせず、「自分の夢を子供に託そう」としてしまうと、大変になりやすいんだよねー。
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