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素直になれない人々
2006 / 08 / 11 ( Fri )
 ここしばらく、ものすごく頑固で疑り深い人々と出会うことが多かった。話を聞いてみると、そうならざるを得ない苦労尽くめの人生であることがよくわかった。ただ、今までのやり方を続けていくと、ますます大変なことになりそうなので、
 「これまで、とてもご苦労されてきたことはとてもよくわかりました。ただ、今のやり方だと、お辛そうですよ。こんな風に考えて、このような生活にすると楽ではありませんか」

とアドバイスしてみた。ところが、頭では「新しいやり方の方が、確かに楽になりそうだ」と理解しながらも、「でも」「だって」「そうはいっても」とあれこれ言い訳をして、新しい道には二の足を踏んでしまうようだった。

それもその人の選択だから仕方ない…と思いつつも、
「同じようにアドバイスを受けても、『ああ、そういうことだったんですね! 目から鱗が落ちたようです。それならがんばれそうです』と素直に受け止めて、ひたすら真っ直ぐに歩いていける人ってすごいよなあ。性格が素直だと、人生も素直に真っ直ぐに伸びていくんだな。素直な方が得なのになあ」
なんてため息を漏らしてしまう。

でも、考えてみたら、私自身、相当疑り深い性格だ。
私の友人などは相当すごい能力者の占い師から、「あなたの人生にはこんないいことが待っています」と言われたら素直に信じ切ってしまう。だから、本当にそういう未来を引き寄せるが、私は同じように言われても、

「どんな能力者でも、読み間違いはあるに違いない。予想が外れた時にショックを受けないようにしなければ」
と最悪のケースを考えて行動してしまうタイプ。その結果、「最悪のこと」が起こる確率を増やしてしまったりする…。

でも、さらによくよく考えてみると、私自身、そうやって周りを疑って、疑って、疑い抜く中でしか、「自分にとっての真実」を見つけられなかったのだから仕方ないか、とも思う。私の今までの人生を振りかえってみた時に、「人を疑い、簡単には信じないこと」は絶対に必要な力だった。

たぶん、私が出会った「疑り深くて頑固な人たち」も、意味や必要があってそうなっているのだろう。「疑うこと」は、まだまだ彼らの人生にとって必要なのに違いない。
 
でも、いろいろな経験をして、「自分にとっての真実」が見えてきた今、私自身はそろそろ「疑り深い私」とさよならしたいなあと思う。
 「素直な私」になって、「素直で真っ直ぐすべてを信じて、素直で真っ直ぐな人生を歩きたいなあ」と、つくづく思う今日この頃。

テーマ:幸せになる方法 - ジャンル:心と身体

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