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変えなければならない?
2007 / 09 / 25 ( Tue )
 「神の目から見たら、変えなければならないことは世界には一つもない」
 という時の「神様の目」ってどういうものだろう?

 それって、たとえば私たちが映画や芝居や小説本を眺めているような目だったりするのかもしれない。
映画や芝居を見て、「ここで、こういう役を登場させれば盛り上がるかな」とか、「私なら、この役はこんな風に演じるのに」とか、「この話って今の私と重なるなあ」とか、「私ならこういう映画をつくる」など、いろんな感想は持っても、
「物語の中には、絶対悪人を登場させてはいけない」
なんて規則を作る人はいない。
そんなことをしたら、物語がつまらなくなってしまう。

白雪姫の物語は、魔女や毒りんごが出てくるからこそ、ドラマチックな展開になり、最後に、姫は王子様と出会える(?!)。それに、
「白雪姫は幸せに生まれて、幸せに年をとり、幸せに死にましたとさ」
なんて絵本は誰も見たくないかもしれない?!

「ドラマで殺人事件が起こっても、役者の生命には問題ない。悪役専門の役者も、実生活では普通の人」と私たちが知っているように、神様から見たら「この世の人生は、魂が自分の勉強と楽しみのために演じている役柄。魂は不滅で深い部分では傷つかない。悪役を演じた魂も、魂になればきれい」と見えるのかもしれない…とも思う。

 そう考えると、世の中で起こっていることはすべて、神様の広い視点から見たら、すべて必要なストーリーなのかもしれない。

 それでも、私達はついつい、
 「こんな世の中じゃいかん! なんとかして変えなければ、平和な世の中にならない」
 「この人たちは成長するために、もっとこういうことを学ぶべきだ!」
 なんて思ってしまう。
こんな風に思う時、実は、「変えなければならない問題」は世界にあるのではなくて、自分自身の中にあるのかもしれない。
「自分の中の変えたい部分」は自分ではわかりにくいから、「他人の行動」の中に投影してはっきり自覚することで、少しずつ気づこうとしているのかもね。
 
 でも、神様の目から見たら、「変わりたいのに変われない」ともがいている人間ですら、「大きな芝居の中の大切な一つの役回り」だったりするのだろう。だから、「変わりたくても変われない」という人間のままでも、神様から見ればOKってことなんだろうね。
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