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「過去の私」が一緒に歩いてくれる
2007 / 10 / 28 ( Sun )
先日、
「先生なら、「先の見えない道」を歩く時に、どんな風に歩くの? もし、隣りに「先の予想はつくけど、自分らしいと思えない道」があったらどうする?」
と聞かれて、
「私はどんなに安全そうで先が見えて安心な道でも、「自分らしくない」と思うなら選ばない。逆に、「私にはこの道しかない」と思ったら、たとえどんなに先が見えなくても、一歩ずつ足元を確かめながら、「これが自分の道」と自分に言い聞かせて、ひたすら前に進んでいく。前に進めば、必ずいつか道が開けて、「そうか、この方向に歩きたかったんだ」と思う道が絶対に見つかると思うから…。
今までそうやって生きてきて、「今の私」がある。それで間違いなかったから、これからもそうやって歩いて行くと思う」
と答えた。

答えてから、自身を振り返ってみて、
「おー! そういえば、そんな風に歩いてきたんだっけ」
と、あらためて思った。(誰かと話すと、「自分」があらためてわかるもんだ!)

思い返してみれば、最初に「先の見えない道」を選んだのはいつのことだったろう。
その時は、今のように答えられるだけの自信なんて、米粒ほどもなかった。
その道以外、行く道がなくなってしまい、仕方なく破れかぶれでもその道を歩かざるを得なかっただけ。

だから、正直言って、たったの一歩ですら前に足を進めるのが怖くて、全く動けなかったことだってあった。そんな時には、仕方ないから、
「そんなに怖いなら、動かなくていいよ。動きたくないならじっとしていれば?」
と自分に言い聞かせてみた。でも、本当にそう思っていたわけじゃない。
内心は「このままじっとしていたって、前に進まないのに! なんで動かないのよ!」と、ひたすら焦っていたのだ。でも、「動けないんだから、仕方ない」とでも言わないと、苦しくてやり切れなかったから、必死で言い聞かせていただけ。

そうこうするうちに、動かないでいる方がもっと怖くて苦しくなってきた時に、無理矢理、こんな風に言い聞かせながら一歩ずつ歩いて行った。
「じっと動かないでいたら、道は開けない。でも、目の前に道が続いているなら、先は見えなくても、一歩ずつでも歩いて行けば、新しい道が見つかるかもしれない。
もし、行き止まりだったら、今来た道を引き返せばいい。みんなよりずっと遅れるかもしれないけれど、「一からもう一度やり直す覚悟」があれば、いつだって分岐点に戻れる。
でも、きっと、この先に道はある! この先の道を歩くために、私は今ここにいるんだ!」

やっぱり、本当にそう信じられたわけではない。そうでも言わないと、怖くて怖くて、たったの一歩も踏み出せなかっただけだ。
迷う度、不安になる度に、ひたすら何度も何度も自分に言い聞かせた…。そんなことを、人生で何十回繰り返しただろうか?

でも、確かにいつも必ず「新しい道」は見つかった。道が見つからずに引き返したことは一度もなかった。誰も歩いたことのない道もあったけれど、どの道も今思えば、
「なんて私らしい道なんだろう! この道を選んでよかった!」
と思える道だった。選んだ「道なき道」を、今、どれ一つとして後悔していない。

だから今の私は、「先が見えて安心だけれど、自分らしくない道」よりは、「先が見えなくても「自分らしい」と感じる道」を迷わず選ぶ。
それでも、今だって100%自信を持って、選んで歩けるわけじゃない。ただ、そういう道を歩くときには、「過去のがんばったたくさんの私と一緒に歩いている」と感じる。過去の私が応援してくれる分だけ、ちょっぴり勇気と自信が持てるんだと思う。
そして、「今日の私」が一歩を踏み出せば、いつか「未来の私」が力づけられ、幸せになるんだと確信している。

だから、私は「今日の自分」に声をかけることができるのかもしれない。
「今日の一歩は必ず未来に繋がるよ!  がんばれ! 今日の私! 今日と未来の私の幸せのために!」

テーマ:自分らしく - ジャンル:心と身体

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