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人生の創造
2007 / 12 / 02 ( Sun )
 スピリチュアル系とか、ニューエイジ系の本にはよく、
「自分の人生(現実)は、すべて自分自身が創りだしたもの。「現実」は夢と同じくらい自由に自ら創造することができる。
 ならば、なぜ多くの人は望み通りの現実を生きられないのか?
なぜなら多くの場合、顕在意識より潜在意識の方が強いため、「顕在意識が望む人生」ではなく、潜在意識が創りだした「現実」を生きることになってしまうから。
 私たちは、実は「現実」に振り回されて生きているのではなく、自分の「潜在意識」に振り回されている。
 望み通りの人生を生きたければ、しっかり自分自身の「潜在意識」と向き合い、自分の心を整理整頓することが肝心」
 というようなことがよく書かれている。

 理屈としてはずっと以前から知っていたことだけれど、心のどこかで、「これって本当かなあ。結構眉唾だったりして…」と不信の思いがぬぐいきれないでいた。

 最近になって、ようやく「なるほどー! これって、ほんとにほんとだったんだ!」と体験的に納得できるようになってきた。
 何事も理屈として知っているのと、体験的に納得できるのは違うものだ。

 この理屈が納得できると、なんだか「人生」という推理小説の結末を読んだ気になる。結末を知ってから、もう一回人生を見直すと、
「なーんだ、なーんだ、そういうことかー!! ここにこういう伏線があって、こういう出来事が起こったんだ! なんで気づかなかったのかなー、すっごい悔しい!!」
 とか思う。
 ついでに、他人の人生を見ていて、
「この先の展開は、こうかも…」
 とある程度予測もつく。

 でも、推理小説の結末を最初から知っていることほどつまらないことはない。スリルとサスペンスのわくわく感や楽しみは半減してしまう!
同じように、人生も結末がわかってしまったら、とってもつまらない。だから、多くの人は、人生の真理を最後の最後までわからないふりをしているのかもしれない。

 ちなみに、カウンセリングとか占いなどには、「人生ゲームの攻略本」に近い役割があるようにも思う。
 ゲームで行き詰った時に、攻略本のヒントを読むことで、
 「なるほど…この辺に解決のカギが隠されているのか。よしよし、もう一踏ん張りできるぞ」
 と新たな展開が期待できる。
 人生も、結末がわかってしまったらつまらないけれど、ちょっと煮詰まった時には「人生ゲームの攻略ヒント」があると助かったりするもんだ。

 ところが、いざカウンセリングをする立場に立ってみると、相手によってはどうしても「ヒント」を出せない状態になることが多々ある。
「この人の人生、このままだと大変なことになる。こっちの道の方が楽でいいのに…」
 と先が見えているのに、どうにも相手に伝えることができない。
 無理に話そうとすると、ややこしいことになるか、絶対に邪魔が入る。

 こういう時というのは、もしかすると、その人の潜在意識みたいなものが、
「そこは自分でやりたいから、ヒントを出さないで!」
 というエネルギーを発しているか、あるいはその人の守護霊さんみたいな人が、
「そこは、この人の人生のハイライト体験だから、絶対本人一人でクリアさせて下さい。ヒントは無用です」
とか言ってたりするのかなあー、なんて思う。

 逆に、絶対本人が知った方がいいヒントがある時には、
 「ねえねえ、守護霊さん。何か伝えたいことある?」
 と、心の中で相手の守護霊さんに話しかけるフリをすると、必ず何かヒントが落ちてくる(…でも、私自身は「守護霊さん」が見えるわけでも、声が聞こえるわけでもないんだけどね。「いると信じているフリ」をするだけでも、必ずヒントが落ちてくるもんなんだ、これが…。とっても便利よ)

 ただ、親しい人が困難な状態、危険な状態に陥っている時に、どうにもアドバイスできない状況になるのはちょっと辛い。

でも、ある人がこんなことを言っていた。
「命がかかっているようなギリギリの遊びが、スリル満点で面白いんですよね」
 たぶん、人生も同じなんだろう。本人が潜在意識のどこかで「人生のスリルを味わいたい」と思って体験している現実を奪っちゃいけないんだろうな…とも思う。
 
ところで、人生ゲームのしくみがわかった後は、今度は自分が新しいゲームを創る側に回るという楽しみ方もある。
 「今度はこんなアトラクションを作ってみよう! うんうん、期待通りの出来上がりだ!
 あ、でも、ここはもうちょっとスリルとサスペンスと華やかさを盛り込んだ方が面白いかな? じゃあ、こんな風に変えてみよう!」
 なんて感じ? 
 結末がわかっているのはつまらないかもしれないけれど、いかに自分のイメージ通りのものを作って、それ以上の結果が楽しめるかを体験するのも悪くない。

 ちなみに「天国では、なんでも自分の望む通りの生活が創れる」とか…。
 でも、案外「なんでも自分の思う通りになる」のはつまらないかもしれない。
自分の思い通りになることに飽きた魂が、「ままならない生活」を楽しもうと思ってやってきたのが「この世」だったりするのかもね。

 でも、あまりにも「ままならない生活」が大変な時には、「どうしてもこうしたい」と思う部分は自分の思い通りに創って、それ以外の部分は「サプライズあり」という人生を創るのも一つだよなあ…なんて思う。

 うーん、人生というのは、実に奥深くて面白い!
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