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自分磨き
2006 / 08 / 16 ( Wed )
がんばり過ぎてしまう人は、知らず知らずのうちについつい、
 「こんなことくらいで音を上げてはいけない! まだがんばれるはず!」
と、ついつい己に鞭打ってしまいがち。

かくいう私も、そのタイプだったもので、近年では努めて、
 「世の中、大変なことがあるのは当然だよ。ぐったり疲れ果てる日があってもいいよ。あまり「大変」が重なるときは、「大変」を見なくてもいいんだよ。ゆっくり休んでいいよ」
と、自分に優しい言葉をかける練習を積んできた。

ところが、いつの間にか今度は逆に、甘やかしモードに入ってしまっていたらしく、ちょっと努力すれば改善できることも、
「いいよいいよ。ここまでできるようになったんだもん。昔の私なら、できないことまで、できているもん。これ以上はがんばらなくていいよ」
といって、なあなあに過ごしていた。

たとえば、日々の生活をよりよい形にするために、
「一つ一つの行動に100%集中し、すべての行動を祈りと感謝にする」
という実践が大事だと頭ではわかっていても、
「一日中、祈りと感謝の中で過ごすなんて、めちゃくちゃ大変。朝と食事前と寝る前にしっかり祈ればそれで十分。それができるようになっただけでも、えらいえらい!」
などと、自分に言っていた。

確かに、祈ったり感謝したりする習慣が全くない人なら、朝晩祈る習慣ができるだけでも、素晴らしいことだし、十分すぎることだ。
でも、「さらに自分の生活をより磨くにはこうすればいい」という道がわかっていながら、一歩を踏み出さないのは、怠惰以外のなにものでもなかった・・・。

かといって、「一日中感謝と祈りの気持ち」でいられるほど、私も人間ができているわけじゃない。そこで、普段患者さんたちに言っているように、私自身も、
「まずは、心が伴っていなくてもいいから、形から入る。形が様になってくる頃には、自然と心も伴ってくる」
というところから始めることにした。

人間どこまで行っても、新たな課題が出てくるっていうのは本当だなあ。
きっと、人って、同じような課題を年を経る毎に、より深く学んでいくんだろうな。

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

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