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カマキリの宿命
2008 / 03 / 14 ( Fri )
この間、「アリとキリギリス」の話を書いたけれど、最近、
「そっかー! 世の中には「カマキリ」のような「宿命」を持って生まれる人もいるんだー」
と、納得するような場面に遭遇した。

「交尾が終わったらオスを食べてしまうなんて、カマキリって残酷な生き物だ」
と思っていたけれど、立派に子孫を残していくためには、カマキリはカマキリらしく生きることが重要だ。カマキリに生まれたのに、
「仲間を食べるなんて、そんな残酷な生き方、私にはできない…ううっ」
なんてさめざめ泣いて、悩み苦しんでいたら、カマキリは「子孫を残す」という生物としての大切な役目が全うできないばかりか、自分の人生すら全うできない。
カマキリに生まれたら、仲間を食べることも食べられることも、「宿命」(仏教でいえば「縁」ってやつ?)と考えて、カマキリらしく生きることが大事。

同じように、人も「とことん利用する」とか「とことん傷つけ合う」という「宿命」とか「縁」で出会ってしまうことって、悲しいけれどあるんだあ、としみじみ思う。
「カマキリ」の宿命を背負って生まれた人に、
「アリのように立派に生きなさい。それができないなら、感謝できるキリギリスになりなさい」
と諭しても無理。それよりは、
「ともかく、なんとしても生きて、生きて、生き延びていきなさい! そのためには、あなたの場合、とことん利用できるものを利用し尽くしていいんです! 誰がなんと言っても「これが私の人生、宿命なんだから、これでいい! 」と、堂々と胸を張って、歩いて行きなさい! あなたらしく生きることを応援しています!」
と、宿命のままに後押ししてあげた方が前に進みやすいんだなあと、つくづく思う。

そして、こうした人たちも、ぐちゃぐちゃ、ドロドロ、しっちゃかめっちゃかに歩いた最後に、ふと気付くと、
「ああ、いろいろな人に助けられた人生だったんだなあ。ありがとう」
と感謝の一言も言えるかもしれない。それが「最高の人生」…っていうのも、ありなんだと、カマキリから教えられた気分。
立派に生きるばかりが人生じゃない。本当に「人生いろいろ」なのね。

ところで、教えられるといえば、HPを読んで下さった「ひまわりメイト」の方が、
「ブログの引き寄せの話は、『そうそう!』と思いました! 否定形で祈ろうが、肯定形で祈ろうが、祈るまいが関係ない! 人間のパワーをなめちゃいけない! 人生にはそんな法則を越えたパワーがありますよね!!」
とおっしゃっておられた。さすが、ひまわりメイトの皆さんは一味違う!

それでもまあ、「引き寄せの法則」も大いに結構!
どうせやるなら、「その時の自分」に一番ぴったりの方法を選べるといいかもね。

たとえば、「絶対これを手に入れてやる!!」と赤い炎をメラメラ出している時に、「一番効果的な方法と、本に書いてあったから」という理由で、無理矢理「物事は自然に叶う」と淡々と言おうとするのはかえって不自然。それよりは、欲望のエネルギーのまま、「絶対にゲット!!」と突っ走った方がとっても素直で、その人らしくて、目的に早く近づく気がする。

たとえていえば、渋谷のマンバギャルが、「良縁に巡り合うためには、茶の湯の作法の一つも身につけることです」と言われて、国宝級庭園の茶の湯の席に無理矢理座るようなもんだ。マンバギャルにとって、一番心が通い合う相手と出会える可能性は、渋谷を闊歩していた方が高い。
でも、さんざん渋谷を闊歩しまくって、
「素顔に戻りたいな。古き日本の良さを学ぶのもかっこいいかも」
と思った時には、茶の湯の席の方が、いい縁に巡り合えるかも…。
そして、案外、人生が終わるころには、「良縁」なんてどうでもよくなっていて、
「渋谷も闊歩したし、古き良き日本も味わったし、私の人生波乱万丈で超かっこよくて、素敵で楽しかったかも♪ 実は、こういう充実した人生を歩くのが目的だったのかも…」
と思っているかもしれない?!

大事なのは、マニュアルじゃなく、いかに、その時の自分らしい方法でその時の目的に向かっているかってことかもねー。

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

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