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生まれ変わり
2008 / 03 / 26 ( Wed )
 最近、「ひまわり」には、「今までと180度違う人生を歩ける大転換期に来ている人」とが実にたくさんやってくる。
しかも、呆気にとられるくらい、あっさり方向転換して帰っていく。当の本人は「本当に方向転換したの?」と半信半疑かもしれないが、私から見れば、「そこまで方向転換できれば、あっぱれ!」って感じ。
 こういう人たちを見ていると、
 「人生には転換しやすい「時期」っていうのがあるんだな。しかも、その「時期」は周りの事情との兼ね合いで、ドンピシャの「時期」を計画して生まれてきているのかも…。そして、その「時期」を潜在意識はわかっているんだなあ」
 と教えられる気がする。

 それはまさしく、蝶の幼虫が、最初はどんなに「早く蝶になりたい」と努力して脱皮しても「幼虫のまま」なのが、気づいたら蛹になり、何の努力もなく蝶に羽化する…のと似ているかも。さしずめ、私の役割は、
 「あのー、もしもし…。もう幼虫ではなく、蝶になっておられますけど…」
 と伝えるだけ…って感じかな?
 
 また、
「人生って、二部構成になってる人が結構多いのかも…。前半は、前世のハイライトシーンの再体験。後半は、前世の生き方を参考にして、理想の生活をエンジョイする…って感じ?」
などとも思う。

 たとえば、旅行計画のように、魂があの世に戻ってから「次はどんな人生(旅)にしようかな? 」と計画するとしよう。
 旅行計画を練っていると、すでに旅に出たことのある前世の人(魂)たちがやってきて、ワイワイやいのやいのと横から口を挟む。自分たちの豊富な経験を元に、旅(人生ドラマ)の計画を勝手にどんどん壮大なものにしていくのだ。
 「私、こんな大変な体験をしたの! 絶対、それも体験してみて!」
 「えー、私の辛い体験も入れてくれなくちゃ!」
 「自分たちばかり、ずるい! 俺のこの地獄の話も、あの最悪な話も入れてくれよー!」
 「ダメダメ! 人生は短いんだから! 一つの前世につき、盛り込むテーマは一つね! あ、大変な経験が重なると辛すぎるから、一つのクリアするごとに場面転換を入れてね」
 「じゃ、私のハードな武者修行は「高校時代」に入れる!」
「僕の貧乏体験は、最初の「就職時代」にきーめた!」
「えー! 残ってるところがあまりないじゃん! 仕方ないなー。じゃ俺の壮絶ないじめ体験は、「幼稚園時代」に入れるか…」
と欲張った計画を立てる。すると、「次の人生」はすっごい大変で辛い経験のテンコ盛りになる…というわけ?!(うっわー…超恐ろしい辛すぎる人生…)

 こんな風に人生の先輩たちは無責任にどんどん怖楽しい予定を入れるけれど、たまらないのは「次に生まれる人」だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんな悲惨な人生ってあり?! 生まれてすぐから、こんな大変な事件が大連発する人生を生きる魂(人?)の身にもなってよ!
あまりに辛くて、自殺するはめになったら、どうしてくれるのよっ! 自分達はもう生まれないから、気楽に好き勝手ばかり言っちゃって!!」
と文句を言っても、先輩たちはへらへら笑ってるだけ。
 「まあまあ、大丈夫だって! 君ならできるよ。うんうん。
それに、大変な時には蔭から手伝ってあげるし、自殺しそうになったら、なんかの方法でちゃんと止めてあげるって!
それに、これだけすごい人生を乗り越えて、幸せになったら、超かっこいいよお?
いよっ! がんばれっ!
見事クリアして帰ってきたら、みんなで大拍手して、花火打ち上げて、ごちそう作ってお祝いしてあげるからさあ!
がんばれがんばれ、やんや、やんや!」
 とかなんとか、お気楽に言いくるめられて、その気になって生まれてきちゃったとか…。(…ほんとに、そんなこと言ったヤツがいたら、あの世に帰ってから、ブッ飛ばしてやるっ!)

 でもま、宗教でいう「カルマ」とか「因果応報」とか「自分が蒔いた問題、積み残した課題が降りかかってくる」…なども、こんな風に「前世の皆さん」が考えた、
「私、こんな大変な人生を歩いたの。あなたも実体験して、共感して、ねぎらってね! そして、一緒に新たな打開策を探して、新しい幸せを探しましょうねっ!」
という「旅の予定表」だと考えると、「ありうるかも…」って思えちゃうし、怖くないから不思議…。

そして、人生の「大転換期」というのは、人生の前半と後半の境目なのかも…。
人生の前半は、数々の「前世さんの人生」の総集編を実体験して、
「そっかー、先輩たちはこんな大変な人生を歩いてきたんだ。本当によくがんばってたね。すごい人生だったと思うよ」
と共感、称賛し、十分参考にするのが目的。そして、人生の後半は、
「先輩のアドバイスによると、こっちの道は歩いても意味がないってことね! わかった! 先輩とは違う人生を歩いて、先輩たちが果たせなかった「究極の理想の幸せな生活」を送るね!」
 と、前世の先輩たちが知恵を振り絞って考え出した「究極の幸せ生活」を実証してみることなのかも…。

 ところが、欲張ってあまりにも大変な体験をテンコ盛りにしてくると、「共感、称賛、参考」にするどころか、道半ばにして、ボロボロになって自殺してしまったり、病気になってゲームオーバーになってしまう…。
 すると、今時のテレビゲームよろしく、
 「あー、また失敗してゲームオーバーになっちゃった! また、一からやり直しだ…」
 と生まれ変わって、同じことを一から繰り返す…のだろう。
 でも、大変な人生ほど、また一から同じことを繰り返すのはゴメン!って感じ。

 それよりは、九死に一生を得る、大病をする、家や財産や職や家族を全部失う…などの「大転換期」の方がましかも…。
実は、「大転換期」には、生まれたての赤ちゃん同様、それまでの人生のごちゃごちゃエネルギーを一度清算できる仕組みもあるみたい。生きながら生まれ変わる…って感じ?
 これって、「大変な人生」を繰り返さないで済む分、死んで生まれ変わるより、案外お得?

 たとえていえば、ボストンバック一つで知らない土地に行って別人として生きることになったとか、記憶喪失になった人…ような感じ?
 
ちなみに、私も人生の大きな転機には何度も何度も、
「よし! 転校(卒業、転職、病気)した後は、別の「私」になる! 同じ「肉体」の器を使っているけれど、「明日からの私」は別人になったつもり。過去を生きていたのは前世の私。だから、過去は一切忘れたふりをして、「違う私」「理想の私」になったつもりで生きてみよう」
 と思ったものだ。
それでも、過去の記憶に引きずられて、「困った癖」や「失敗」することがある。そんな時には、
「古い「器(肉体)」に残っている癖が出ただけ。新しい生き方が板についたら、こういう癖は出なくなるから!」
と、自分に言い聞かせた。
今思うと、これって案外いい方法だったかもしれない。

 ところで、話は少し飛ぶけど、パソコンのバーチャルリアリティの世界って、あの世とこの世の関係に似ているなあと思う。
バーチャル世界で「自分の分身」が理想の生活を送ることで満足する人たちを見ていると、
 「きっと、「あの世」にいる人(魂)たちは、こういう感覚で「この世」に「自分の分身」を送り込んでいるのかも…。
 バーチャル世界の「分身」が幸せになると、パソコンの前に座っている「自分」も幸せになるように、「この世の自分」が理想通りの幸せな生活を送ると、あの世で応援している「自分の仲間たち」も幸せな気分になるんだろうな。
 でも、バーチャルの世界でも、相手がある以上理想通りに動かないことも多いように、前世の人々が知恵を振り絞って考えた「理想の生活」も、案外予想通りにはいかない…ってこともあるのかもね」
 なんて思う。

 でもまあ、煮詰まった時、転機に来た時、飛躍したい時、方向転換したい時などは、
 「もし、今、事故で記憶を全部無くして、今の「肉体」の中で新しく目覚めたとしたら、どんな性格の人間になって、どんな生活をしたいか?」
 …なあんて、考えてみるのも楽しいかもね。

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

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