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満足感
2008 / 05 / 12 ( Mon )
「体が求める食」というのは案外、心の状態と繋がりが深いように思う。
昔、ストレスがひどく溜まっていた時に、中毒にかかったように枝豆を食べるのがやめられなかった時がある。
 逆に、心を調えるために、食を調えることが効果的だったことも…。
 
 ちなみに、心が調ってくると、体は自然に粗食を求めるらしい。
最近では、甘い物、油っこいものを、体がどんどん拒否するようになってきた。
 ところが、目と頭は、心と体の変化についていけなくて、時々、
 「どこそこのお菓子、美味しいんだよね。唐揚げは大好きだから、このくらいペロリと食べれちゃいそう!」
 と、ついつい以前の自分のつもりで食べ過ぎてしまう。すると、食べてる最中は、「おいしい!」と幸せな気分になるのだけれど、あとで具合が悪くなり、
「ああ、体の「食べてほしくない」というサインを大事にするんだった」
と反省することになる…。

 心の栄養も同じ。
 十分心の栄養は足りているのに、
「まだまだ、もっともっと欲しい。あれもこれも、心地いいに違いない」
 と外へ外へと「心地よさ」を求め過ぎると、かえって雑多なものを引き受けたり、体力を消耗したりして、大切な「今ある心の平安」まで失うことも…。

たぶん、「今自分が置かれている状況」というのは、いろいろなバランスを考えてみると、案外、今の自分にとって一番心地いい状況だったりするのかもしれない。
今日与えられたもの、今の状況でしか味わえない幸福を、一日一日大切に噛みしめ、足るを知ることは重要だなあと、つくづく思う今日この頃。

 話は変わって…。

 GW中、ZARD坂井泉水展に行ってきた。
 客層が若い子から相当年配の人まで幅広く、中でもまじめそうなサラリーマンがすごく多かったのにびっくりした。

 会場内で流されていた追悼コンサートやプロモーションビデオを見ながら、
 「この人の人生、辛くて切なくて大変だったのだろうけれど、ドラマチックだったんだろうな。ドラマにしたら、演じてみたい人はたくさんいるだろうな。それだけ、面白くて興味深い生き方だったってことだ。
 でも、この歌詞のような感情をベースにして生きると、人生は幸薄くなりがち。かといって、幸せになったら、こういう歌は作れなくなってしまうに違いない。
 彼女は自分自身が幸せな人生を送るよりも、人々を勇気づける歌を創る人生を選んだのかなあ…」
 なんて思った。

 一度きりの人生、悔いのない自分らしい生き方を選びたいものだ。
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