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何でもありの国
2008 / 07 / 06 ( Sun )
この間、「芦刈」という能を見た。内容は、
「貧困のため、ある夫婦が離婚した。その後、妻は大屋敷の乳母になり立身出世。芸をしながら葦を売っている元夫を探し出し、立身出世させ、二人は仲良く暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
という話。

ひねくれ者の私は、見ていて思わず、
「えー! これって、妻の「ヒモ」になったってこと?!
仮に、地位と名誉と職と高給を与えられたとしても…よ。朝8時から夜11時まで、クタクタになって働くような職場だったり、重責を背負わされるような仕事だったら、私だったら、絶――対、嫌!!
毎日楽しく大道芸やって、その日のおマンマが食べられるなら、それで十分じゃん!

私が妻だったら、
「まあ! あなたにこんな素晴らしい大道芸の才能があるなんて、知らなかったわ! すごい! 最高!! 感動!
私も乳母なんてやめて、及ばずながら歌と太鼓で参加しますっ!
ついでに、お屋敷の稼ぎで頂戴した着物を縫い直して、ステキな衣装も作りましょう! きっと、もっともっとウケるに違いありませんわ!
お金と地位があっても窮屈で辛い生活より、自分の才能が最高に発揮できて、楽しい仕事ができるなら、それが一番!
貧乏といったって、その日一日食べていけるなら十分よ! 何より、毎日が楽しいなら、それが一番じゃありませんか!」
って、言っちゃいそう…」
と、心の中でつぶやいてしまった。

まあ、確かに昔の日本の貧乏は、半端じゃなかったのだろうけど…。
でも、今、日本に住んでいるなら、
 「どんな暮らしでも、そこそこ安全な形で生活できる国だから、どんな生活だってありだよなー」
 と思う。

 ホームレスやネットカフェ暮らしに、風呂トイレ共同の長屋生活、豪華な別荘やお屋敷暮らしに、高層マンション暮らし…。
 普通の家族生活に、一人暮らしに、共同生活…。
 自給自足のTV番組を見ていたら、
 「ガス、電気、水道、TV、冷蔵庫、一切なし。その辺の木や竹を伐採して、家も自分で建て、お産も家族だけでクリア。ここはインドかネパールかチベットの奥地ですか?」
 なんて生活をしている人もいるらしい。

 でもまあ、地球の総人口を考えてみたら、ガス、電気、水道が完備されていて、戦争もなくて、日々の生活が安全に送れる生活をしている人の方が少ないに違いない。
 それに、同じロハスな生活をするのでも、インドとかバクダットとか、砂漠の真ん中とか、戦火の中で生活するより、四季があって作物も比較的簡単に作れ、いざという時には病院や社会保障もある日本は潰しがきいて安全だ。

 さらには、路上ライブや大道芸、はたまたホールやデパートのイベント会場などでも、結構、無料の催し物をやっていたりするから、その気になりさえすれば、タダでいろいろな芸を磨くことだってできる。
 図書館に行けば、ありとあらゆる種類の本やビデオやDVDがタダで借りられるし、視聴もできるから、タダで勉強だってできる。
 粗大ゴミ収集所に行けば、まだまだ使える生活用品がタダで入手できる。

 「お金がないから、学べない。やりたいことができない」
 というのは日本にいる限り、「違うぞ」と思う。
 「なんとしても、どうにかして学びたい! 技術を身につけたい!」
 と思えば、日本にいる限り、ありとあらゆる抜け道はあるのだ。

 ただ、パターン化された日常の中にドップリ浸って、周りの人たちから、「人生なんてままならないもの。所詮この程度のもの」とさんざん洗脳されていると、
「自分らしく生きるなんて、この社会では無理なのかも」
 と思い込んでしまうのも無理ないかも…とも思う。
 特に、子供のように、親や学校社会にがんじがらめにされていると身動きが取りにくいし…。

 だから、「西の魔女は死んだ」みたいな映画がはやって、
「学校に行くことだけがすべてじゃない。いろいろな生き方があっていいんだ」
という考え方が広まるのは大賛成だ。

 実は以前、この原作者の別の本をひまわりメイトさんに勧められて読んだ。その時、
「この作者、いい感性してる!!」
 と感動したもので、この機会に「西の魔女…」も読んで、映画も見た。

原作も映画も期待に違わぬいい仕上がり。
 おばあちゃん役のサチ・パーカーは、まるで原作から抜け出してきたよう。母親役のりょうも、出番、セリフはあまりないながら、生い立ちの複雑な心理を繊細に表現していたし、映画全体の作りも原作の雰囲気をとても大切にしているのがよく伝わってくる。

 また、日々の暮らしの匂いを丁寧に描いているので、
「そっかー、日本で、ターシャ・テューダのような生活をすることも可能なのねー。なんだか、映画を見ているうちに、この山の家で暮らしている気分になってきたわ」
と実感すると同時に、
「近代建築での生活って、確かに便利だけれど、無機質で、生き物にとって不自然。敏感な人には、それ自体、心と体に影響がでそう…。
 でも、近代生活が当たり前になった人には、田舎の暮らしは、現実には相当厳しいかも…」
とも痛感させられた。

 日本では、本当にありとあらゆる生活を自由に選ぶことができる。
それって、すごく幸せなことだけれど、選択肢が多すぎて、どれが本当に自分らしいのか、「選ぶ」どころか、「考えること」すら難しいかもしれない。

「ひまわり」では、煮詰まっている人によく、
「もし、旅先で、身分証も何も持たない時に、なにかのショックで記憶喪失になったら、どういう生活をする?」
と、質問してみる。
本人は、「誰でも同じ答えを出すに違いない」と思うようだが、どうしてどうして、これが多種多様な答えが返ってきて面白い! ちゃんと本人の個性が出るのだ!

とはいえ、慣れた生活から、ある日突然、全く違う生活に切り替えるのは、相当の勇気とエネルギーが必要だ。
そう考えると、転勤、転職、退職、結婚、離婚、病気、災害、トラブルなどで、強制的に生活を変えるハメになるのは、案外、最高の人生のチャンスかもね。
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