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コロナ?
2022 / 11 / 21 ( Mon )
先月、コロナ?と思われるような感染症にかかった。

私の場合、感冒はくしゃみ鼻水がメインで、
喉の痛みはあまり出ないのだが…。

今回は、あまり経験したことのない刺し込むような喉の痛みから始まった。
もっとひどかったら、
水も飲めない感じになるかも…という感覚の痛み。

でも、喉の痛みの激しさの割に、発熱はさほどひどくなく、
熱の感じがコロナワクチンを受けた時にかなり似ていた。

そして、数日で発熱は引いたにも関わらず、
10日くらい、喉の痛みと痰がらみが治まらない…。
こんな症状は今までかかった感冒では一度もなかった。

感染対策は、
外出はほぼ日常の買い物と犬の散歩だけ、
外食はしない、外でトイレも使用しない、
外出後は着替え、手洗いうがい、購入したものやバッグは全消毒、
と徹底していたのだけど…。

市販の研究用抗原キットではコロナ陰性だったが、
これだけ対策をしていた上、
ここ十数年感染症には罹ったことがないのに、罹るなんて、
これは感染力の高いコロナ以外のなにものでもないだろう。

そして、
「罹る必要があった」
ということなんだろう。

これがコロナなら、今後、ほとんどの人が、
「風邪かな?」と思っているうちにコロナに罹るに違いない。

それにしても、ワクチンは打っていて本当によかった!
たぶん、打ってなかったら、相当ひどい症状が出たに違いない
という感覚の症状だったから…。

そして、いつもながら天に守られていたので、
仕事には支障をきたさないタイミングで
症状がでたのもラッキーだった。

きっと、今までの人類の歴史の中のたくさんの感染症も、
こんな風に徐々に日常の一部になっていったのだろうなと、
体感させられた。

ついでに、
「徹底的に感染対策をするより、
 日々の生活でほんのちょっとずつウィルスに接している方が、
 抵抗力がついて罹りにくいかもね…」
とも思った。

一応、医療従事者だから、感染対策は続けるけど、
心と身体が緩んで、一気に気が抜けてラクになった。
結果オーライって感じ?





10 : 02 : 10 | 未分類 | page top↑
引き際を知る
2022 / 10 / 18 ( Tue )
先日、昔の自分をガッツリ振り返る機会があった。

昔の自分とは仕事へのスタンスと情熱が、
かなり変わってきたと自覚していたつもりだったが、
「こんなにも変わっていたのか!」
とはっきり現実を突きつけられて、愕然とした!

お蔭で、
「これではもう、今までのような形で仕事続けるのは絶対無理!」
と、はっきり悟った。

昔の私は、
「生き方を模索している人がいれば、
 その人が望む方向に進めるように、
 とことん寄り添い、サポートしていきたい。
 サポートすることが私自身の喜び」
と思っていた。

そのため、日々模索するクライアントに
自然な形で寄り添い、共感し、伴走できていた。

ところが今は、
「人が変わるには、時期やタイミングがある。
 どんなに「変わりたい」と思っていても、
 本人が気づいていない心の奥の奥の深い部分で、
 変わることを拒絶していたり、
 周りの人との人生の兼ね合いの中で
 『時が満ちていない』時などには変われない。
 変わらないものは変えなくていい。
 変わらないように見えるものも、
 時の移り変わりと共に、何か少しずつ変化していくものだ。
 自然になるようになる」
と思っている。

そして、今の私のような考え方では、
模索を続けるクライアントを前にした時、
「ああ、まだ変わる時期ではないのかも…」
と感じるため、伴走に熱が入らなくなってしまう。

…とはいえ、人生を歩く途中では、
「模索する時間」
はとても重要だ。

そうした時期には、たとえ結果がだせなくても、
「結果に辿り着くまでの紆余曲折の時間、過程を体験すること」
に大きな意味や意義がある。

また、そういう時期を生きている人々にとって、
日々の出来事を共に味わい、喜び、泣き、共感してくれる伴走者がいると、
日々の時間に輝きが増し、充実することも多い。
逆に、気持ちの伴わない伴走者に出会ってしまうと、
「私が道を探し出せないのは、わたしがダメなせい?」
と勘違いしてしまい、混乱してしまうこともある。

悲しいかな、今の私には、
「ちょっとした視点を変えるアドバイス」
をする力はあっても、
昔のような「伴走する力」が全くない。

こんな私が伴走を続けるのは、
クライアントにも自分自身にもよくない。

プロたるもの、引き際が肝心。
はっきり気づいてしまった今、
「寄り添い、伴走し、サポートする仕事」
は終了と決断した。

この先は、
「たまたま縁あって『ひまわり』に辿り着いた人に、
 その時、その瞬間に役立つかもしれない一言をお届けする」
ということだけに徹しよう。



10 : 23 : 48 | 未分類 | page top↑
マイ・ペース
2022 / 09 / 11 ( Sun )
コロナが流行って、家で過ごすことが多くなり、
人とあまり会わなくなったお蔭で、
あらためて気づいたことがある。

私は家で一人で過ごすのがとても好きだ。

実は、小学校低学年の頃は、友達と遊ぶより、
図書館や教室の隅で静かに本を読んだり、
家で手芸したりするのが大好きだった。

学校の教育方針で、
「子供は元気に外で遊ぶ。誰とでも仲良く、たくさんの友達と」
と指導され、
また、たまたま活発な友達ができたことで、
外向性を身につけることができたけれど…。

コロナのお蔭で、本来の自分の性質を思い出せた感じ。

そして、コロナのお蔭で、日々の時間の多くを
自分の好きなように、自分のためだけに自由に使えるようになった。

お蔭で、毎日が充実しすぎていて、時間がいくらあっても足りないくらい…。
「なんて幸せなことなのだろう!」
と、しみじみ今の日々をかみしめている。

同世代の人が、仕事に、子供や孫の世話に、親の介護に…と、
超絶フルパワーで、忙しく活動している姿を見ると、
「すごいなあ…」
と尊敬、感心するけれど…。
今となっては、そういう生活は無理!

本来の私の体質、性質、性格には、
この生活が一番合っているんだなあと、
今になってみて、しみじみ思う。

そんなこともあってか、テレビなどで若い女性が、
「人並みに結婚して、子供も産まないと…」
と悩んでいる話を見聞きした時には、
同じくお一人さまの妹と、
「若い時にはあれこれ悩むかもしれないけど、
私達くらいの年になったら、逆に、
『お一人さま』でめっちゃよかった~♡
って思うかもしれないから、
なるようになった未来が、最高かもしれないよ~」
なーんて呟いている。

先の人生は、だれにもわからない。

だから、迷った時には、
「今の自分が一番納得できて、後悔しない選択は何か」
とだけ、自分自身に問いかけながら、
日々の選択を積み重ねていけば、
年を重ねて、ふと自分の歩いた道を振り返った時には、
「なかなかどうして、私にピッタリの道をえらんでこれたじゃない♡」
と満足し、感動する日が来るものなのかもしれない。

過去の私、
迷いながらも、自分を大切にする選択をしてくれてありがとう!


09 : 27 : 34 | 未分類 | page top↑
メタバース 仮想空間
2022 / 08 / 08 ( Mon )
最近、かなりリアルな仮想空間が簡単に作れるようになっていると聞く。
また、仮想空間で動かせるアバターも、
現実の人が装具を付けると、かなりリアルな感覚で動かせるため、
アバターと本来の自分、どっちが現実かわからなくなることもあるとか…。

もう何年かしたら、アバターと仮想空間を使うことで、
自宅の部屋にいながら、世界中のいろいろなところで
いくつもの人生を経験できるようになるのかも…。

そういえば、宗教やニューエイジの本などに、
「源の魂は死後の世界に存在し、
それが分かれてこの世の人間に宿っている。
そのため、世界中には同じ魂を持った人がいることもあれば、
同じ魂を持って輪廻転生することもある。
ただ、同じ魂を持っていたとしても、
一人一人の人間はそれぞれに異なる性質を持っていて
個々に特別な唯一の存在である」
というような話が出てくるけれど…。

それって、
「仮想空間で、何人ものアバターを動かしている人」
とすごく似ているなと思う。

アバターそれぞれの外見や声や性格設定が違えば、
同じ人が動かしていても、全く違う動きや行動になる。
そうなれば、たとえ同じ人が動かしていても、アバターが違えば、
出会う相手のアバターは、全く違った反応をするだろう。

そんな風にして、仮想空間でいくつものアバターを動かせば、
アバターごとに違った人生が疑似体験できる。

俳優さんが、いろいろな役を演じることで、
あたかも別の人生を体験したかのような実感を得られる以上に、
もっとリアルで現実的な感覚&体験?!

そう考えると、近未来では、
一回の人生で、たくさんの人生を経験できるような
濃密な時間が流れていくような気がする…。

私が物心つかない幼い頃には、
洗濯機や冷蔵庫もなかったのに、
時代や文明はめちゃくちゃ変わってきたなあ…。
人間の発明力ってすごいわ…。


09 : 52 : 19 | 未分類 | page top↑
トラブルは振り返りのチャンス
2022 / 07 / 07 ( Thu )
GW前に、歯の被せ物に穴が開いた…。

「新しい被せ物を作って治療終了」
のはずだったのだが…。
思いのほかトラブって、何か月も治療することになってしまった。

あとで調べてわかったことだが、
「金属の被せ物は、敏感な人は金属アレルギーがでたり、
 金属の温度変化が歯の神経に伝わって痛みがでることがある」
とか…。
どうやら、そのケースに当てはまってしまったらしい…。

知ってたら、少々高くても、自費の被せ物にしたのに…と、
後悔したものの、激しい痛みに見舞われている最中は、
そんな余裕がなかったから仕方ない。

すでに終わってしまった過去は絶対変えられないし、
「あの時、こうすれば…」
と、後悔の念にとらわれてしまうと、
不毛と不幸しか生まない。

ここは、
「ま、いろいろな巡りあわせで、神様から見たら、
 必要があって起こったことでしょう。
 この経験は次の何かに生かす糧にしよう」
と思って忘れる…のが吉。
…と、スルーするのが、この年になると随分上達した。

ただ、このトラブルのお蔭で、いろいろなことを考えさせられた。

「たった一本の歯が痛むだけで、日常生活は完全に回らなくなるんだ。
 逆に言えば、一本の歯以外、
 これだけ複雑な体が、今この瞬間も正常にしっかり機能している。
 なんて奇跡的でありがたいことなんだ!」

「たとえ一本の歯といえども、
 これまで人生を共にしてきた自分の一部。
 それが、訳の分からないうちに削り取られて、
 見る影もない形に変わってしまうのは悲しいことだ。
 せめて、『今まで世話になりました。ありがとう。さようなら』の
 声を掛けて、お別れしてあげたかったな…」

「入れ歯の人、役作りのために歯を抜く役者さんって、
 これ以上の治療をしてるんだから、すごいな…」

「たくさんの患者さんが、
 『手術の後、変わってしまった自分の身体を受け入れるのが大変』
 と言っていたけれど、歯一本ですら、これだけ大変なのだから、
 それより大きい臓器や身体の一部の変化は本当に大変だ…。
 特に、なにも自覚症状がなかったのに、検診でガンが見つかって、
 治療を受けたら、不調になった人は納得いかないよね」

「痛みが酷い時には、気を紛らわすのも大変。
 こんなときは、とことん怒ったり、嘆いたりする方が、
 心と身体は楽だな。
 そして、とことん騒いで疲れた後は、
 『大変は見ない、考えない』ように、
 他のことに目をそらすのがラクに過ごすコツだな」

「長く使えば、物も身体も不具合は起こりやすくなるよね。
 ビンテージものは、とことん徹底的に大切に扱うことが重要だわね」
云々…。

トラブルは心地悪いし、嫌なものだ。
でも、これまでもそうした「問題」が起こった時には、
「これは、身体さんが、
 『今の自分にもっとふさわしい生活の仕方があるよ』
 とサインを出して教えてくれているのかもしれない」
と思い、心と身体を調整し、切り替えてきた。

そのお蔭で、トラブルの後の方が、
それ以前の生活よりずっとずっと心地いいものになった。

「毎回毎回、トラブルが起こるたびに同じようなことを繰り返しているな」
と思うこともあるけれど、
繰り返す度に少しずつ、学びも人生も自分への理解もより深まっている。
人って、こんな風に繰り返しながら、少しずつ変化していくものなんだな
と、これまたあらためて思う。

今回も、心して、
「今の自分により合う暮らし方」
を模索、実行していくつもり。

ちなみに、トラブルを乗り越えたことで身につけた心のスタンスの中で、
今までで最高に有効性が高いと感じたのは、
「未来も人も世の中も変えようとしない。
 今日起こる現実だけを見て、
 その時感じる最善で心地よい過ごし方をする」
かな。

未来ある若者にはあまり向かないスタンスだけど、
年を重ねた人間には、ものすごく心地よい暮らし方。

身体さん、手厳しいサインをありがとう。
あなたが納得してくれるような「更に心地いい暮らし」を
実現していくからね~。


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